小説載せる予定が、気がつけば日記の溜まり場。 そんなもんよ。
どこへいくいく 一九の道
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歌今抄第二話、後半。
2010-09-11-Sat  CATEGORY: 歌今抄(オリジナル合唱部物語)
 続いて後半。これを一冊の漫画にするとなると何ページになるんでしょうね。
 あ、こちらには書いてませんがもちろん実在の個人・団体名とは一切関係ございませんので。
 石川県に「明澄高校」なんて、ネーカラ!
「石川県の合唱の強豪校、ですか?」
 150円のペットボトルの緑茶を三つ数える内に一気飲みして、夏先輩は僕に向き直るのだった……うん?今ありのままを述べてみたけどもしかして凄い光景じゃなかった?まいっか。
 部活の通常練習が終わり、フリーとなった第二講義室……の前の廊下に出た夏先輩に質問バックアタックを仕掛けてみた。僕にとって、先輩の中では一番話しかけやすい人物だ。
「私もお訊ねしたかったんですよ。石川県だと、扇立しか知りませんでしたから。」
 おっと、真横から日宮さん現る。日宮さんにとっても、一番話しかけやすいのは夏先輩なのかな。仕方ないな夏先輩美人だしな。第一話の感想今のところ「夏先輩可愛いです」しか来てないくらいだもんな。
 ちなみに今しがた日宮さんが口にした「扇立」なる単語について僕なりに説明しよう。
 石川県立扇立高等学校。「おうぎだちこうこう」と読む。近年まで女子高だったとか言う県下随一の進学校。あ、県立高校ではの話。
 お勉強方面では良い(ていうか「強い」?)噂の学校だけど、部活が盛んという話は耳にしないな……。進学校は文化系の部活に強いとか?
「扇立は去年全国大会に出場しているんだ。銅賞だったと聴いているが、全国大会のレベルについてはいつだったか夏が説明していた通りだ。」
「あ、健馬。」
 ……何処だ?何処にいるんだ健馬先輩。と思っていたら、下からにょきっと大男が生えてきた。落し物でも拾っていた模様。
「もっともあんな説明で分かる訳もないがな。」
「何でそんな事言うんですかーっ!」
 夏先輩の両手びんたが健馬先輩にしなやかに命中する。
「って、じゃあコンクールだと、全国レベルの扇立を倒さないと僕達は、明澄は県大会で敗退って事なんですか?」
 それはまたハードルが偉いな……扇立なんてお勉強でも敵わないのに合唱でも敵わないんですか。そりゃあ戦力求めて天槻先輩を獲得しようと躍起になるのも分かる話だ。
「あー違います。高校部門でも、うちと扇立はそもそも部門が違うんですよ。簡単に言えば『大人数』と『少人数』でしょうか。大体さんじゅー数人で区切られてまして、明澄は一年生を入れても十六人ですから『少人数』扱いの『Aグループ』です。」
「ちなみに扇立だが、去年は八十人近くいたらしい。さすがに自分では数えていないがな。」
 八十人か……確かに十六人と八十人じゃ比較にならないな。って、区切られるのが三十人だとか言う話だから、それでも八十人とは比較にならない。
「強豪かどうかはともかく……県内のAグループの学校も教えておいた方が良いのか?」
 僕は健馬先輩じゃなくて夏先輩に訊ねたはずなんだが……でも健馬先輩怖いしな。素直に頷いておく。
「去年コンクールに出場していたのは、うちを除いて二校でしたよ。少人数だとコンクールに出なかったりしますからね。逆に言えば、去年出なかった高校が参戦してくるケースもありますけど、そこまでは私は把握しきれません。
 話を戻しまして、去年出場した内の一校、これは華仁です。」
 華仁(かじん)……私立華仁学園か。県下で最も有名な私立高校じゃないか。雪嶺の作品で言えば『CHAOS PROJECT』の舞台ってそれはいいや。クロスオーバーとか興味ないわ。膨大と呼んでなお足りない人数でもって、数々の部活動に力を注いでいる。成程、合唱にも力を注いで……って、少人数なのかよ!
「それがな?泉、Aグループの上限は今教えたばかりだな。ただしそれはあくまで出場する人数であって、実在する部員数ではないのだ。」
 え?部員全員が出場する訳じゃないのか。……って事は、華仁が選択している手段と言うのは……
「選抜メンバーを少人数合わせで送りこんできている……ッ!?」
「別に驚くような事でもないぞ?寧ろ本気で賞を狙うなら当然そうあるべきだと思う。」
「そんな訳……」
 ぼそり。日宮さんが何かを言いかけて、しかしそれが日宮さんにはまさか口に出ていると思わなかったのか、即座に口をつぐんだ。
「そうですね。高みを目指すだけがコンクールじゃあ寂しいきもします。選ばれる人はまぁ構いませんが、選ばれなかった人は荒れるでしょうしね。」
「違うな夏。選ばれるような努力を怠る方が悪いんだ。」
「それじゃあ選び方次第ですかね。確かに、何の努力もしない人を簡単にステージに上げるような真似はどこの学校でもして欲しくありませんよね。」
「それはそうですが……」
 肌で感じ取れるくらいに、日宮さんと健馬先輩の意見は平行線をたどる。健馬先輩はともかく、日宮さんは空気を読んでか意見の全てをぶちまけていない為迂闊に判断も出来ないけれど。
 そしてそれを夏先輩が上手い事まとめようとしているけど……ちょっと割り切れていない。
 ここは……ようし、夏先輩の味方をしよう。日宮さんと健馬先輩の間を取り持つのだ!
「話題を変えた方が良さそうですね。ええと今の質問は?泉君からでしたね。石川の強豪校っていうか他校の情報でした。他に訊きたい事は?」
 僕の決意、無意味でした。まぁ結果オーライ。
「Aグループ、でしたっけ。少人数で参加しているのって、華仁だけなんですか?」
 だとするならばなんと人口のちまい事だ。華仁さえ抜けば県を抜けられる。もっとも、健馬先輩が口にしたのが「Aグループの筆頭」でしかない可能性も依然としてある。
 夏先輩は一度健馬先輩に目配せをして、「二校目」の名を検索している模様。
「いない訳じゃありませんが、やはり規模が小さな合唱部になりますと、コンクールに出たり出なかったり、その年その年によりけりです。毎度毎度のレギュラーと言う意味では、多分華仁だけで、我が明澄高校もレギュラーとは言えません。」
「え?明澄は毎年出ている学校じゃないんですか?」
 なんとも意外な返答が……いや、僕が訊きたかったのはそういう事じゃないんだけれども、しかし、やはり素人を引きこむくらいの演奏が、コンクールに出たり出なかったりの団体の演奏とは思いたくはなかった。
「夏。それは泉の聞きたい事とは違うだろう。」
「ああ、えっと……あ、華仁以外の他校でしたよね。」
 健馬先輩のフォローに促され、柏手打ってごまかす夏先輩。いよっし、ごまかされようじゃないですか。
「そもそもが以て、正直明澄以外で支部大会に名乗りを上げられるレベルの高校って言うのが、扇立、華仁、それともう一校……六勝(ろくしょう)くらいのものです。」
「六勝……金沢市立六勝高校ですか。」
 一応地元に住む者として、その名前に関しては、確かに驚くような名前ではない。寧ろ、そこが強敵でないはずがない……強敵であって欲しくはなかった、そんな感想。
 この場にいる中で唯一、地元の人間ではない日宮さんが首を傾げる。
「ろくしょう??有名な学校なんですか?」
「日宮はそうか、知らないか。」
「六勝高校には、芸術コースがあるんですよ。」
 そう、県下数少ない市立高校、そして公立高校の中では唯一、芸術コースを備えているのがこの六勝高校だ。
「第一、『六勝』何て名前が既に芸術的ですよね。」
「えっと、兼六園に由来しているの?」
 すげえ。日宮さんすげえ。少し鼻高々になりかけた自分が矮小に見える。でも負けるものか。
「そうですよ。景観における、二つの相反する特徴を三組兼ね備えた庭園、『六勝を兼ねる』の意味で『兼六園』ですからね。」
「じゃあその、景観における六つの特徴って?」
 うぐぁ。えっと……そこまで覚えてないぞ?
 第一、地元民は小学生までに何度となく兼六園を訪れては、小学生の頭では理解できない説明をくどくど聴かされているので、正直……頭に入ってないわまた来る気にはなれんわで、意外と知らないんだよね兼六園知識とか。
「先ずは空間的広がり、ひいては明るく開けた印象を意味する『宏大(こうだい)』と、これに対して落ち着きのある、森の中のような印象を意味する『幽邃(ゆうすい)』。次は、人の手が加わる『人力(じんりょく)』と、これに対して、手を加えないままの趣たる『蒼古(そうこ)』。そして水の趣を意味する『水泉(すいせん)』と遠望を意味する『眺望(ちょうぼう)』だな。」
 助け船を出したのは健馬先輩だ。有難うございます……って健馬先輩すげえ!
「健馬、こうも淀みなく答えるのも如何かと思いますよ?」
「兼六園の云々は、実は中学時代に親戚に訊ねられて、何も答えられなかったという経験があってな。それが悔しくて頭に叩き込んだ、今でも多少頭に残っている。」
「あー、小学生の時嫌いな奴より百人一首を覚えてやろう、百首覚えきったら詠み人名まで覚えようとしたあの感覚ですね?」
 それ似てるかもしれないけど、健馬先輩の一途な努力とそんな俗っぽい感情を比べて欲しくはないなぁ。
「そうだな、夏。近しいところはある。」
 本人に認められてしまっては僕が言う事は何もない。いや、完全に認めてはいないんだろうけど。
「それで、その六勝を名にし負う高校が芸術コースを擁していて、Aグループで実力を認められている、と?」
 謎の盛り上がりを見せていた地元勢に愛想を尽かしてか、日宮さんが我に返る。かえらせる。
「六勝にしたって出たり出なかったりみたいですよ。それに、いくら芸術コースがあると言いましても、芸術……音楽と言って真っ先に歌を連想もしませんでしょう。大半は部活に所属もせずに自宅で精進なり専門家に師事なり、部活にしたって、音楽系なら吹奏に固まって……で、六勝の合唱部にいるのは、普通科の生徒か音楽以外のコースの人間らしいです。」
 音楽系以外で、合唱に惹かれる……篠瀬がその例にあてはまるかな。
「とはいえ、環境が恵まれているのは事実だろうな。うちにしたって、合唱部なんだから音楽室で練習出来れば一番良いのだろうが……」
「健馬先輩、音楽室を割り当てられるのは、大概音楽教師が顧問を担当している部活ですよ。」
 さすがは経験者の日宮さん、そんな情報まで持ち合わせているのか。
 ちなみに明澄高校合唱部の顧問は、美樹本先生と言って数学教師だ。ひげ面で山男風の外見だけれど、なかなかに気さくな先生だったりする。
「あれ?でも僕が初めて合唱部を紹介されたのは音楽室でしたよ?」
「普段は吹奏が音楽室使っているんですが、吹奏が別の場所で活動する場合は音楽室が空きますから、他の部活が使用しても良いのですよ。手続きが取り合いになったりもしますけど、殆ど合唱部しかいませんからね。」
「時期によってはア・カペラのチームが申請を出してくるからな。ああ、泉がうちに初めてきたのは、音楽室を確保できた時か。その日は多分、入学式に向けて吹奏がホールで練習していたから空いていたんだろうな。」
 そう言えば入学式当日の話だったな。それに、音楽室が使える内に新入生に合唱を披露しようとかそんな話だった気もする。
「音楽室が使えるに越した事はないかもしれませんが……あまり広い所でばかり練習するのも考えものですよ。」
「どうしてですか?日宮さん。」
 と、これは本当に疑問に思ったから聞いてみたのだけれど……夏先輩も健馬先輩もさして疑問には思わなかった模様。
「狭いところ、極端に言えばお風呂とか。自分の声が反響して聞こえるでしょう?」
「確かに、反響した声で聞くと、なんだか自分でも上手に歌えてる気がしますよね。そういうのが必要って事ですね?」
「多少はね。じゃないと前で誰かが聞いていて、その人に聞かない事には自分達で自分達の評価を下せない。自分達に何が出来ているか、また出来ていないのか、これを逐一把握出来ていないとがむしゃらな練習になって効率が悪いんだよね。」
「なるほど、敵を知り己を知れば百戦殆うからず、ですね?」
「敵って、誰だよ?」
「知りませんけど、引用文だから許して下さいよ。」
 だから時代背景的に『種運命』放送前なんですって。
「しかし泉君、それと日宮さんの言う通りですね。なるほど、練習場所で必ずしも結果が決まる訳じゃないなら、それを言い訳に六勝に引け目を感じる言われはないって事ですね!」
 おお、夏先輩の目に炎がともる。そして健馬先輩と日宮さんが一歩下がる。うん、僕もそうしよう。
「全国レベルの強豪校を知りたいのであれば、日宮に訊ねるのが手っ取り早いだろうな。」
 そう言えば、東北って合唱が盛んなんだっけ。現に日宮さんは地元から離れているはずの「扇立」の名前を上げている。全国レベルの高校に関しては知識があるとみて間違いない。
「そうですね……Aグループのトップは、やはり富女子で事実上間違い無いでしょうね。」
 ふじょし……「富女子」と言うと、日宮さんの出身地、秋田の代表校だったな。確か名前は……
「富怒呼女子高等学校です。繊細な歌声には息をする事すら忘れさせる危うさがありましたよ。」
 興奮なのか恍惚なのか、不思議な息遣いで語り出す夏先輩。目の炎は消えているけど、もう一歩距離を空けておこうか。
「旋律に対して正確に歌いあげていると言うのもありますが、加えて説得力があるんですよね。」
 説得力?合唱にそんな要素が絡んでくるのか?
「演技力と言ってもいいだろう。コンクールともなると、自分達が歌っていてはい満足、というレベルではないからな。舞台に立って他人に何かを伝えるという意味では、演技力とも言うべき説得力が必要不可欠なんだ。」
「な、なるほど……」
 合唱に演技力が必要とは思いもしなかった。
「演技と言い切ってしまうのは早計です。力任せの説得力も通用しますからね。」
「ああ、いきおい、だな。おっと泉、これは学校名だぞ。」
 そう言って健馬先輩は空中に指で文字を書き始める。いや分からん。
「分かれ。」
 無理です、と言う代わりに紙とペンを渡すと、夏先輩が笑顔で受け取って「粋負」と記した。
「青森県立粋負高等学校。粋の字を背負う、なんだか暑苦しい学校です。」
「そうか?俺には随分と清々しい印象を受けるが。暑いじゃなくて、厚いと言うか篤いと言うか。」
「そこが嫌……うん、その、苦手なんです!」
「そこがいいんだがなぁ?」
 こういうの、男女で温度差があるんだろうか……?
「日宮さんはどう思うんですか?」
「粋負って、男声合唱でね?」
「確かに、学校名からして力強さを感じますよね。僕なんかは好感が持てます。」
「ううん、学校自体は共学なんだ。」
「…………。」
 この気持ちは何だろう……この気持ちは何だろう!物凄くその粋負高校合唱部を応援したくなる!
「泉の言う通り、粋負は力強い合唱でAグループでも指折りの強豪校だ。男声合唱で言えば、Bグループでは存在しない分、高校一と呼んでも差支えないだろうな。」
「言葉に出来ない力が彼らを奮起させるんですね……。」
 そして会場へ着いてみれば女子高の人達と肩を並べる訳か……いや、それはそれで大変だな。
「東北勢で言えば……日宮さん、あとはAグループで強いと言えばやはり『ぎょくじょ』ですか?」
 なんだか物々しい名前だなぁ。『粋負』もそうか。ところで、漢字変換はおそらく『玉女』で間違いなさそうだ。
「はい。山形県立玉心(ぎょくしん)女子高等学校、通称『玉女』です。ああ、夏先輩は去年の全国大会をお聞きになられたのでしたね。」
「正直、生理的に受け付けにくい演奏でしたけどね、玉女。」
 へえ。夏先輩って音楽素養があったはずだけど、そんな夏先輩が認めない演奏が、全国大会で評価されたりするのか。
「さっき健馬先輩が仰ったような事だよ、泉君。演技力。」
「えーと、玉女って高校の『演技』が、生理的にキッツイものだって事ですか?」
「玉女の真骨頂は、嫉妬、憎悪、狂気と言ったマイナスの感情表現だ。」
 うわあ……そりゃあまた、受け付けられないや。
「からっとした爽やかな選曲もありうるんですけど、歌詞を良く見てみるとエグイ事歌っていたりと、まぁその……」
 言い淀む日宮さんも、夏先輩同様に玉女とやらの演奏に好感触を抱けない模様。
「男子には良く分からんが……女性特有のいやらしさを歌わせれば大人顔負けだそうだ。」
「女性特有と言われても、私には分かりませんでしたけどね。」
「夏先輩には分からなくて良いでしょうね。」
 などとさらりと言える日宮さんには、多分思うところがあるのだろうなぁ。夏先輩の「何故です?」という質問にもけろりと「どうしてもです。」と返せる日宮さんには、確実に思うところがあるのだろうなぁ絶対。
「聞いた話では、特に今年の部長のあかりさん……最南(もなみ)あかりさんの座右の銘が……」
「俺も聞いた事があるな。なんでも、人間というのは美しいものに触れた感動よりも、恐ろしいものに出会った恐怖心の方が強く心に刻まれるから、感動を与える意味で本来あるべき芸術の姿とは、残酷なものなのだとか。」
 それはまたぶっとんだ思想のように思えるが、その思想を淡々と無表情で語る健馬先輩にも少なからず恐怖を覚えずにはいられない。
「日宮さんは、この考えについてはどう思うんですか?」
「私はあかりさんの顔も声も知ってるから、あかりさんがどう思っていようと口出しする気はないけど……私個人としては、確かに多少行き過ぎた考えだとは思う……それでも、正論ではあると思ってるよ。自分で実行するのはためらわれるんだけどさ。」
「せ、正論ですか……確かに私も、感動より恐怖の方が強いとは思いますけど、それが芸術の在り方だとは思えませんよ……。」
「それはお前が玉女の演奏を嫌っているというのもあるだろう。」
「だって!怖いんですもん!」
「まぁまぁ、今のは私個人の意見ですし、夏先輩には夏先輩のかわいらしい意見があるべきですよ。」
「そうですよ健馬、って今私何か馬鹿にされてませんか?」
「「「まっさかぁ。」」」
 それにしても、全国レベルになるとやはりどこも個性的だなぁ。そこまでの個性を伸ばしてこそ、オンリーワンの演奏が披露できる、とか?
「それにしても、トップレベルになると男声だったり女声だったり、男女合わせての合唱は選ばれにくいんですかね。」
「男声や女声で見れば三部合唱だが、混声は四部合唱が最少数だからな……どうしても人数が要る。Bグループであれば混声合唱で全国大会金賞を獲得しているグループもあるぞ。」
「混声のトップと言えば、リンプ!ですよね日宮さん!」
「去年で言えばそうですね。国立臨京大学(りんきょうだいがく)附属高等学校、通称〝臨附〟。かつては『銀賞を獲らせたら日本一』、なんて皮肉られてましたけど。」
 大学附属高校とか、なんかもうそれだけで強そうなんですけど。大体どんなスポーツ漫画でも附属高校とか中学とかってライバル最強校じゃないですか。スポーツ違うけど!グループすら違うけど!
「混声で言えば、毎年百人を超える大人数で迫力の演奏を披露する、私立厳樹院高等学校も、強豪と言うか古豪と言うか。」
 『げんじゅいん』などと言うどんな文字なのかも分からない名前はさておいて、何故か困惑フェイスの日宮さん。物量作戦はお嫌いか。
「数が多い事はステータスではあるが、合唱において基本となる、息を合わせる、揃えると言った行程が困難になって来る。ゆえに全国レベルで通用するまでに揃えてくるその努力は計り知れないが、それは合唱をするうえで最低限の事だと言い切られてしまっても文句も言えないからな。」
「でっかい人達の中で生きるちんまい人達が大事だったりするんですよ……」
「ビーファイターか!って、夏先輩が遠い目を……。」
「夏の言いたい事は分かるが、初心者に説明しにくいな……」
「と、ここまでで一応東北六県の主要校が挙げられた訳ですが……」
 急に説明が芝居がかった日宮さん。声と視線を低めて僕達の眼をそれぞれ伺う。
「六県?」
「『粋負』が青森。『富女子』が秋田。『厳樹院』が岩手。『臨附』が宮城で『玉女』が山形だ。」
「東北と言うなら、福島が残ってますけど?」
「福島の代表だけは、一校だけは、五十数年前に文連が合唱コンクールを開催して以来一度の例外もなく参加しているんだ……。」
 きっ、と日宮さんがいきなり視線を落とす。……ああ、演技が大事だってね。誰かの喉が鳴る。多分先輩方は二人ともその名前を知っているんだろうけどね……。
「日宮さん、その高校と言うのは、も、もしや!」
 夏先輩が見事なノリの良さを見せつける。その横で何かを言いかけた健馬先輩の口に肘をぶちこみながら。
「はい、五十年来不変の覇者、事実上の頂点、福島県立麗王高等学校合唱部です……!」
「れ、れいおう……!」
 ガカァーンと稲妻に全身を貫かれたかのような演出が、夏先輩と日宮さん、二人の美女の間で繰り広げられる。これ僕と健馬先輩だったらどうなったんだろう。多分二人分のガイコツが明滅しながら会話をする図になったんだろうね。
「って待て日宮。麗王?『麗女』ってそんな名前だったか?」
「そこですよ!」
 ずいっと健馬先輩の眼前に顔を寄せる日宮さん。健馬先輩は相変わらずの無表情。この人は何をしたら表情変わるんだろう。わさび増し増しのかっぱ巻きでも食べさせるとか?
「今年から『麗王高校』、つまり共学になったのです!」
「なん……だって?」
「な、なんですって!?」
 健馬先輩の素の反応に負けじとど派手な演技を見せる夏先輩。このわざとらしさを見るに、夏先輩はこの、共学云々の話題は既に知っていたな。あ、夏先輩の名誉の為に加えておくと、決して演技が下手な訳じゃなくて、場にそぐわないだけだ。
「そ、それじゃあ日宮さん!これまで女子高の女声合唱の覇者としてその名を轟かせていた『麗女』が……あの『麗女』がッ!共学になった影響でその名を低めるなんて『もしや』があり得ると言う事なんですかッ!?」
 絶対夏先輩この話題知ってたな。でも温かく見守る。これが、大人のマナー。大人じゃないけど。
「まっさかァ。」
 対する日宮さんは、超フランクだった。
「ある事ない事言われてはいましたけど、多少なりともあの『麗女』を知る身として発言すれば、共学になったところで実力が脅かされる、なんて事はないと断言できます。」
「ちぇー。」
 あ、夏先輩が素に戻った……ってこれ素なの?
「日宮の言い方では、『共学が理由にならない』としか主張していない。別の要因でその、今の麗女の実力に影響が出る可能性までは否定していない。」
「……どうなんですか日宮さん。」
 あ、夏先輩が素に戻った。面接官だ。鍋島が「教頭先生みたいだ」とか言ってたキャラだ。
「というか、『共学を理由にしてはいけない』の方かもしれないな。日宮が言いたいのは。」
「……何か言いましょうか日宮さん。」
 今回は、教頭先生にも見えなくはない夏先輩だったり。
「まっさかァ。」
 やっぱり日宮さんは超フランクだった。
 そうだね、最低三回は繰り返すよね。天丼ね。
「穿たないで下さいよ。多分、健馬先輩の考察は一理ありますよ。でも、あくまで一部でしょうね。私の主張を勝手に限定しないで下さい。」
「だそうですよ健馬。」
 うわあ夏先輩……。
「そうか。失礼、気を悪くしたなら謝ろう。」
「いえ、私にとっても簡単に考察できない名前なんですよ。だから今はまだこれこれと言いたくないだけかもしれません。」
 確かに、まだ四月の段階で今年のコンクールの出来をあーだこーだ言うのもおかしな話ではある。
「ところで健馬先輩は、その、れいおう?とかいう学校の演奏はお聞きになられたのですか?」
「CD音源ではな……直接聴いた訳じゃない。それなら夏が聞きに行っているな。夏、麗王の演奏をどう思った?」
「うーん。」
 下唇をむいむいと親指でつつきながら考える夏先輩。
「お上品、でしたね。」
「えっと……?上手い下手とかで言えば?」
 我ながらアホな質問だ。上手いに決まっている。
「私だって粗探しに演奏を聞きに行った訳ではありませんよ。審査員ではありませんしね。だから好き嫌いで判断するなら……富女子の方が好き、ですね……。」
 言葉を選んでいるらしい夏先輩。なるほど、「お上品」とは慎重な物言いだ。評価は高いのだろうけれど、庶民的な味わいかと言われればそうでもないと言ったところか。
「麗女の選曲は大抵宗教曲ですからね……。」
「あ、日宮さんも、そこの演奏は苦手なんですか?」
「というより、あそこはもう別格だよ……。」
 苦笑いが答えだった。
「共学になったくらいで演奏が変わりっこないと信じる理由の大半がそれ。今年の部長は多分……万世子(まよこ)さんか冬姫(ふゆき)さんだと思うけど……」
「麗王の部長さんなら、鷹取(たかとり)さんというお名前でしたね。」
 夏先輩の補足に健馬先輩も頷く。
「では鷹取冬姫さんですね。冬姫さんなら伝統を重んじる方でしたから、変革が起きる可能性は皆無です。起こり得る『変容』が『変革』のレベルを上回らない限り麗王の強さは揺るぎません。」
「先程から感じているが、日宮は他校のスタッフの面子の為人(ひととなり)にも明るい様だな。」
 ……指摘したのは健馬先輩だけれど、実は僕もそれは感じていた。嘘じゃないよ。さっき玉女ってところの、もう忘れたけど部長の名前を(作者註:「最南あかり」)言い当てているわけだし。それが、日宮さんが直接その人達と面会している事を意味しているのか、単なるミーハーとして片付けられる問題なのかは、まだこの段階では分からない。
「いやだなぁもう。私が単にミーハーなだけですって。」
 前言撤回、取り敢えずこの段階ではミーハーと言うことで落ち着いた模様。
「では、ふゆきさん?ではない方の人が部長になっていたら、どうなりそうなんですか?」
「氷仙万世子(ひょうせん まよこ)さんと仰いまして、段違いで格が違う、何て言うか、桁違いの段違いで飛び抜けている方なんですよ。実力が。」
 お、日宮さんの語感がおかしくなってきた。そして文面に似合わずどこか嬉しそうだ。どこかでこんな経験あったなと思ったら、富女子の演奏を語る夏先輩がこんな感じだったっけ。
「だから、変革が起きるとしたら万世子さんが部長になった時だなと思ってました。ただしこの場合変容がない。現体制を見直して、それでも質を決して下げる事はないだろうなって。本当、麗王と言う名門に居ながら、それでもあの人は飛び抜けているんですよ……二年生なのに。」
 二年生なんだ。健馬先輩や夏先輩と同い年なんだ。じゃあなんで部長候補に挙がってたんだ。おい作者設定確認しろ。
「別格なのよ……。」
 そう言ってどう見ても悦に入っている日宮さん。実は百合の気があるのかな。女子高進学を蹴ってるからそれはないか。



 そんなこんなで色々あって、県唱祭当日を迎える。
「早いって!四月からいきなり五月末!?その間俺達何してたんだよ!せめて前日とかまでにしろよ!大会前夜のドキドキ!フラグ立てとかあるだろ!」
 今日も鍋島は絶好調だ。
 ちなみに現在は、会場へと向かう電車の中。
「だって第二話に詰め込む内容多いんだもん。分冊とかしたくないんだもん。」
「誰だ今の発言!」
「誰でもいいだろ鍋島。はげるぞ。」
「じゃあ取り敢えず俺をツッコミとか呼ぶのを辞める努力から始めてくれませんか健馬先輩!」
「俺は呼んでないぞ。何の感情も込めずに名前を呼んでいるだろうに。」
「それもどうかと……いや何でもありません。」
「変な奴だ。」
 ちなみに鍋島が言っていた事を補足するなら、勿論我等合唱部も、一ヶ月半の間に何もしていなかった訳ではない。毎日毎日ハードな練習を、時間は短いけれど積み重ねてきたのだ!
「県唱祭までの期間は、上達目的の練習と言うよりも、練習に慣れる期間と言うべきだろうな。そして今日の県唱祭。これは舞台に慣れておく、くらいの気持ちで立てば良いな。」
 州藤先輩が薔薇を片手に話しかけてきた。
「慣れるで思い出したけど、鍋島はバンド経験があるんだから、っていうか今もやってるんだから、こういう舞台には慣れてるの?」
「高校生になりたてでステージに慣れてるって、じゃあいつから上がってるってんだよ。」
 大仰に肩を竦められた。いや、僕そんなん相場とか知らんもん。
「知り合いの前で演奏ってんなら、ない事もない。だが見ず知らずの人間の前での演奏は一度もない。ましてやでかい会場でステージに上がるなんてあるわけねぇな。」
「へー、じゃあこれが鍋島君にとっても初ステージになるんだねぇ。」
 横から宝屋が首を挟んできた。
 なんとなく、鍋島にはアドバンテージがあるように思えていたので、初心者の僕と宝屋には、今の鍋島の告白が、こう言っては何だが心強く思えてしまった。
「へーお前バンドなんてしてたのか。」
 逆サイドから割り込んできたのは梓だ。普段鍋島とは犬猿の仲に思えていたが、鍋島の意外なプロフィールに興味を持った模様。
「してたら悪いのかよ。」
「悪いもんか。寧ろ丁度良いや。」
 ニヒィと破顔する梓。夏先輩や日宮さんの表情描写の後なので実に可愛くない笑顔に思える。
「……て事は歌の上達を目指して入部ってこったろ。結構結構。お前が女目的で入部した訳じゃないって証明になるだろ。」
 お前はそれしかないのか。そして睨まれる僕。
「女子を守るのは女子の役目さ。男子の下らない武勇伝の生贄にされてたまるもんか。」
「前から思ってたんだけど梓さん、なんでそうも男子を嫌ってるの?」
 この場で梓を呼び捨てにしないのは宝屋だけだ。
「女子が男子を嫌うのに理由は要らないね。」
「要るだろ。」
「男子ってだけで理由になってんのよ。」
「なってねーよ。」
 ……梓と鍋島のやり取りはなかなかどうして、白熱しているようで淡々としているのだった。
 ちなみに今更だが、五月も末と言えば既に衣替えがおおむね完了している。今日集まった部員全員が夏服だ。でもなんだろう、梓の夏服は別にどうでもいいや。
 やがて電車は目的の駅に着く。県唱祭の会場は「目明町」なるところにあるとかないとか。
「あるよ。町と言いつつ広いから範囲が分からないけど目明町の中だよ。」
「しかし『めあかし』って読めなかったら何処の事か分からないよね。」
 一応石川県出身の有名人、の出身地がこの町だとか言う説があるので、僕も名前くらいは知っている……くらいだから元ネタ分からない方がいいんじゃないかな。多分江戸時代とかに「目明し」が沢山いたんだよ。それが町名の由来なんだよきっと。
 会場内に入ると、成程確かに人だかりが。僕には征服だけで何処の学校かを識別する能力はないけれど、色んな学校の生徒達がそこにはいるのだ。
「ひーちゃぁーん!?ご無沙汰ァーッ!」
「……げ。」
 遠方より来る朋あり、多分誰かの知り合いなんだろう。もっともその人が呼んだ相手が何処にいるのか知らないけれど……。
 しかしその声の主と思しき女性、それもすっごい美人で超スタイルが良い人、夏先輩を縦に思いっきり伸ばしたみたいな人は、明澄の皆が固まっている辺りに駆け寄ってきた。って事は、この中の誰かの知り合い??
「ひっさしぶりやっていうがんに、挨拶もないなんてさびしいがいね、ひーちゃん!」
「あやむ、かぁー。久しぶりー。」
 …………意外な人物が声を返していた。
「部長のどこが、『ひーちゃん』なんですか?」
「苗字が珍しいから忘れがちだが、七の名前は『陽里』だからな。そうそう、十賀なんかは名前で呼んでいるだろう。」
 だれだ?あ、州藤先輩だ。部長や十賀先輩と同期だから呼び捨て出来るんだ。
「州藤先輩はあの女性、御存知なのですか?何て言うか部長、渋い顔して迎えてますけど。」
「嗚呼勿論。彼女は綾室菫。私立華仁学園合唱部の、えーと、学指揮だ。」
「あやむろ、すみれ……。」
 学指揮と言えば、問題の天槻先輩の役職……って驚くのはそこじゃない。メタな話だ。華仁学園が登場したと言う事は矢張り、『CHAOS PROJECT』の面子も登場するって事なのか……綾室菫と言えば『CP』の初代ヒロイン、そして雪嶺の歴代ヒロインの中でも最高の支持率を誇る女性じゃないか!『CP』当時は体操部だったのに!それを言うなら七星館部長も女バレだったけどね!
「菫!勝手に動くなって!」
「お、京介。」
 そして後方から見えるあの茶髪の人がそうか、御堂京介……『CHAOS PROJECT』の初代主人公の御堂京介だ!
「御堂は華仁学園合唱部の部長だな。あ、あいつの事だ。」
「ええと君は確かバスのリーダーの。しばらくだな。」
「おっと……ああ。州藤遊徳だ。元気そうだな、君も彼女も。」
「ああ。あと、他意はないんだが……そっちの彼女は元気じゃないのか?」
 おお、御堂京介と対等に話す州藤先輩。ところでそっちの彼女って誰だろう。御堂さんが目配せした方には女声陣はいないし。州藤先輩のガールフレンドとか?まさか。
(ここは、うちのC.C.の探りを入れてるに決まってるだろ!)
 小声でツッコむ鍋島。ああ、そう言う事か。
「ははは。その話はちょっと勘弁だな。笑い話にしたら怒られる。」
 などと笑って応じる州藤先輩。大人だなあ。御堂さんは納得したのか、ここはこれで退いてくれた。大人だなぁ。
「菫。もう皆には席について発生場所に動く様指示を出してある。お前も早々に動け。」
「あっら気の毒な。ほしたら京介は先行っといて。私も荷物置いたらすぐ行くわ。」
「……なんであの他校の人、『気の毒に』なんて謝ったんですかねぇ。」
 金沢弁に馴染みのない日宮さん。この辺りの説明は……
「いよっし十賀了解!十賀初音さんの金沢弁講座、一題目やー!」
 こうして本編とは何の関係もない金沢弁講座に枚数を奪われる。そんなくらいなら大会当日までの紆余曲折を語れと鍋島辺りに怒られそうだが仕方ない。だって紆余曲折ねーし。まだ金沢弁講座の方が生産的だし。
「事典的な意味で言えば、方言の事典には金沢弁の『気の毒な』は標準語の『ありがとう』に相当するとかアホな事書いてあるげんね。ほんなだらな。」
「気の毒がありがとうの意味になる??」
 日宮さんは混乱している!
「『気の毒に』じゃあなくって、『気の毒な』やからね。『気の毒に』やと、相手を憐れむ気持ちが表れるやろ?これに対して『気の毒な』の方は、〝相手方にわっざわざ自分の事気にかけてもーて〟→〝すいません〟の意味になるがや。」
「え?『ありがとう』なんですか『すいません』なんですか?」
「例えば店なり施設なりで扉くぐる時ねんけど、先くぐった人が扉開けたまま持っとってくれたりするがいね、あーゆーの見た時、扉支えてもーて『ありがとう』て言う人と、わっざわざ自分の為に疲れてまで扉支えてもーて『偉ぅすんません』て言う人と両方想像できるがいね?」
 ……なんか十賀さん、大阪人になってきてないか?
(十賀は生まれも育ちも石川県だが、親も祖父母も関西人だからなぁ。)
 小声の州藤先輩。なんか複雑な設定だ。
(石川県は文化財があるから戦時中でも空襲の被害がなかったらしい。それで疎開でここに来た人も多いんだ。十賀の家系は疎開でこちらに来て、ここに残ったって事だな。まぁ珍しい訳でもない。うちも似たようなもんだからな。)
 め、珍しくない、のかなぁ?
「おいね。やから『気の毒な』は厳密には『ありがとう』やのうて『すみません』、に相当するがやちゃ。」
「十賀先輩の説明って、説明文が既に金沢言葉で理解が難儀なんですけど。」
「そのジレンマは言語学が常に抱える問題やねぇ。ここでは保留にさせてもらうわ。とまれ、これにて講座の第一題目、終了やね。」
「その、『ダイメ』って、なんなのですか?」
「おおっとォ!終了と同時に新たな質問が!てな訳で第二題目、『題目』について説明さしてもろわ!」
 ノリノリの十賀先輩。及び作者。
 でも日宮さんもノリの悪い事を言うね。「第一回」「第二回」だと味気ないから、合唱にちなんで「歌」に合わせて「一題目」「二題目」って呼んでるだけじゃないの。
「だからさ、泉君……歌関係でなんで『題目』なのよ。」
 ……なんでって……何が?
「あー、これ石川っていうか金沢、なのか……範囲が分からんげんけど、ともかく地元民には分からん問題ねんて。」
 すかさず十賀先輩のフォローが入る。金沢弁と関西弁のバイリンガルは違うね。
「蓮花さー、ここいらやとね、歌の中でおんなじメロディー繰り返しやけど歌詞違うのを、アレを『一題目』『二題目』て勘定するがや。」
「いちだいめ、にだいめ……はぁ。」
「え?ちょっと十賀先輩、それだとここ以外の人達は『一題目』とか言わないって事ですか?そんなの信じられませんけど。」
「ふふん、泉君は小学生の運動会と言えば、全国的に『若い力』を踊っとると思い込んどるタイプやな?」
「ええっ『若い力』は全国レベルじゃないんですか!?あ、そう言えば漫画とかで運動会の定番がフォークダンスとかだっせぇ事言ってるのを見た事がある!だっせぇ!」
 男子が多いと女子と手を結べない奴が出てくるとか笑い話、石川県で通用しないんだよねー。そんなトキメキより、小学生時の「俺も六年生になったら、上半身裸であんながん踊らされんのかー」と不安に胸を詰まらせるのが金沢流の運動会の在り方。実際終わってしまうと良い思い出なんだけどねアレ。
 ってそれより、全国の人達は『一題目』『二題目』と呼ばずに、あの同じメロディーを歌詞変えて歌うあのリフレインを何て呼んでるんだ。想像もつかないぜ!
「蓮花ちゃーん、教えたってー。」
「あれは普通、歌詞の『一番』『二番』て呼びますよね?」
「……………………あ、聞いた事ありました。」
 泉大志、県外に出て恥をかく恐れを一つぶっ潰しました。
 ここまでの文章を感情豊かに表現できるのは、まぁ石川県民だけなんだろうな。他県の人は「ここの文章イラネ」と思われてるんだろうね。はい漫画版で削除します。悪と無駄口削除なり。我輩ジバンなり。「助手ケンソウ・ジバン」なり。この辺りはある程度の年代の人が苦笑する程度の、ああもうやめとこうか。
「あやむは行ったな?よーし、うちらも座席に荷物置いたら発声しにまた外出るよー!貴重品だけ持って置いてね!」
 少しだけ声を張る部長。人数が少ないからそこまで声を張る必要がないんだよね。
「おーい、華仁諸君、こっちだぞぅ。」
 その後ろで大きく声を張る御堂さん。三十人を超えていると言うのだから単純に明澄の倍以上。部員数よろしく、部長の声の大きさも然り。
「うぐぬぬぬ……京介め……。」
 ところで、なんだって部長は華仁のスタッフと仲が悪いのだろう。
「ああ、市内の高校のスタッフは、リーダー合宿とかいう合宿で交流があるんだ。」
 僕の疑問に対して即座に解説を与えてくれる健馬先輩。僕って思った事が声に出てるタイプなんだろうか。サトラレなんだろうか。……ところでサトラレってネーミングは京都くんだりの妖怪みたいだよね。
「リーダーって事は、サブリーダーの健馬先輩はそれには参加されてないんですか?」
「俺は参加していないが、それはサブの連中が参加できないからじゃない。サブだろうとチーフだろうと参加するものなんだが、単純に去年その交流が行われなかっただけだ。だから、話に聞くだけだ。」
「じゃあ、ベースで参加しているのは、一昨年に参加した州藤先輩だけ……?」
「ユーさんは一年の終わりに入部しているから、入部で言えば俺達二十四期と二ヶ月と差がない。リーダー合宿には参加していない。ついでに言えば、サブパートリーダーを経験せずに去年パートリーダーに任命されている十賀さんも、一昨年の合宿には参加していないな。」
 そう言えば、最初御堂さんと州藤先輩が対面した時、州藤さんが一方的に御堂さんを知っているような印象だったな。
 っと、それじゃあ今の明澄のメンバーでその合宿に参加していて、他校の(当時の)スタッフと知己を得ているのは、部長と渡先輩だけって事か。
「いや……もう二人、いや一人……いる。」
「どっちですか。」
「一人だ。冴さんだ。」
 誰だそれ。あ、あの人を忘れていた。天槻先輩。冴さんて天槻先輩の事だっけか。ああ、天槻先輩も合宿に参加していて、御堂さん達と交流があって、だから御堂さんが天槻先輩の事を心配していた、と。なるほど。
 こんな状況を知れば知るほど、天槻先輩って罪作りだなぁと思うんだけど……二十三期や二十四期の前では言っちゃいけないんだろうなぁ。
「はぁっ!?部長が来てないだぁ!?」
 耳をつんざく怒声。服を見ると、明澄のものではない制服の女の人が叫んでいる。なんとなく梓みたいな印象だな。絶対失礼なんだけど。
「あっ、ユキやがいね!相変わらずやかましいじ。」
「……菫か。」
 華仁の指揮者の綾室さんがその人にフレンドリーに近付いて行く。綾室さんの制服とも違うから、華仁学園の生徒でもないのか。ではやはり、例の合宿で交流があったって事だろうから、あの女の人もどこかの学校のスタッフ……最低でもサブリーダー経験者ってことか。
「あの夏服とか、六勝だよ。」
 ぼそっと、誰かが呟いたのが耳に入った。篠瀬の声だ。ああ、あれだけ絵が上手いんだから芸術コースのある六勝の知識を持っていても不思議はないか。
 それにしても綾室さんの邪険にされっぷりときたらない。明澄では部長に、今も六勝の人に嫌な顔されている。
「ええー人の顔見るなり眉間に皺寄せて……気分悪いって。」
「ごめん、菫は悪くないよ。ただ今ひどくごたついててさ。」
「マオの所為か……」
「うん、馬鹿の所為だ。」
「……まお?」
 篠瀬の耳が立つ。ぴーん。なんだよ篠瀬、お前六勝の合唱部員を知っているのか。初心者のくせに。
「いいや泉。六勝高校でその名を持つ者の知名度であれば、誰に知られていたところで驚きはしない。」
 背後からの健馬先輩の台詞に驚かされるんですが。
「長辺先輩、それじゃあ、もしかして今のマオって名前!」
 奥手のはずの篠瀬が目を開いて健馬先輩に食ってかかる。驚きはしないとか言っていた健馬先輩、本当に驚いないんですか?
「おそらく篠瀬の思った通りだろう。祭万音(まつり まお)。これが今の六勝高校合唱部の部長の名前であり、あのカンカン騒いでいる女が学生指揮者の祭千音(まつり ゆきね)だ。」
 ちなみにどうでもいいが、万音と千音と言えば、『192』のマスコットキャラとして製作した没キャラの名前だったりする。ビジュアルも性格付けも済んでいたんだけど、当時スキャナもタブレットもなかったからネットに上げられなかったんだよね。いやそれはどうでもいい。
 篠瀬は、万音って人の方は知ってたみたいだけど。
「知ってるとかそんなもんじゃ。だってあの人、書道家ですよ!?それも、小学生時代は絵画コンクールで何度か賞を獲得している、美術界の異端児、祭万音!」
 篠瀬の目は「何で知らないの?オンドゥルシラヌェンディスカー」ぐらいの事を言っているような、しかし問い詰めると言うよりは「ムッコロス」的な威圧的なものでした。
 篠瀬、美術系になったら眼の色変わるな。一応設定作った時にそういうメモを控えておいたんだけど、実際動かしてみるとこうもはっきりと際立つものなのか。
「あの祭万音が、合唱部部長だったなんて……」
(篠瀬篠瀬、その人も、篠瀬みたいな理由で合唱始めたのかもよ?合唱を絵画なり、自分の分野で表現しようと。)
 篠瀬的には美術系だと言う事をオープンにして良いのだろうか、伏せておいた方が良いのかと少し悩んだ結果、念の為声を潜めておいた。
「俺は知らなかったんだが、祭万音と言えば随分と聞こえた名前らしい。この名前を知っていると言う事は、篠瀬はもしや、美術か書道に精通しているのか?」
「ええと、美術の方ですけど、下手の横好き、とかですよ。知ってるだけ知ってるとか、興味だけあるとかですよ。」
 健馬先輩の鋭い指摘にも難なく淀みなくつつがなく答えて見せる篠瀬。定型文ぽかったけど。
「モリ先輩は、あの万音って人について御存知でしたか?」
 いつの間にか聞き耳を立てていた宝屋が、少し離れた位置にいた渡先輩にパス。
「祭兄貴の方か。良く言えばマイペースだな。双子の兄妹同士なのに、祭妹とは波長が完全にずれていて面白かったな。」
 面白い、で済むものなのか。話題の妹さんは喧々囂々侃々諤々の一人舞台ですよ。
「祭妹にしてみれば大概は良く言いようがないんだろうから、悪く言う言葉が似合うのかもしれないけど……適当な言葉が見つからない。良くも悪くも、マイペースって感じかな。そして祭妹の方は、兄貴を反面教師としているのかもしれないけど、割と都合よく物事に当たってくれてね。当時は七も冴も一年生で、祭妹が一番しっかりして見えたなぁ。他山の石かもしれないけど。」
 隣の学校のお嬢さんがしっかり者に見えたと。明澄の隣の学校って、市立小学校なんだけどね。
「変な話、祭兄貴が何をやっても、文句を言いながら祭妹が全部都合付けるんだ。何があっても、寧ろ兄貴が企んでるんじゃないかって思ったりするんだよね。……実際今回もそんな気がする。」
 そう言って、渡先輩は。
 いつもにこにこしている印象だったけれど、この時は、祭妹さん、つまり祭千音さんを目を細めて見つめていた。
 恵比須顔で、の意味じゃない。何か本来見えない、見づらい何かを見ようとしているような。
「おーいそこの連中!明澄も発声に向かうから荷物置いて来なよ!」
 遠くから部長の声。気付けば、周りには僕と健馬先輩、少し離れて宝屋と渡先輩がいるくらいで、他の面子は皆いなくなっていた。篠瀬まで消えてるし。
「ああ、ごめん。今準備するよ。七はその間、祭妹に一言かけて来てくれ。」
「え?ユキに?あ本当だ、あそこにいるわ。でも積もる話なんてないけど。」
「祭兄貴が来てないってさ。今日は何もせずに帰るかもしれない。声くらいかけて来なよ。」
「……変なの。分かったよ。」
 部長に何かを話して、渡先輩は僕達をホールの中へと押し込んだ。
 ……おお。
 さすがは県が建てたホール。広いし高いし大きいし。思わず息を呑んでしまった。客席数も、僕が知るどこの映画館より多い。
「お、お客さん結構いらっしゃるんですねェ。」
「いや、参加者が殆どだろうな。つまり今日ここで演奏を披露する人間が、出番以外はここで他団体の演奏を拝聴する、という具合だ。俺達も他校他団体の演奏を多少は聴ける。演奏順が近しい団体のものは、舞台袖で聞けるかまったく聞けないか、だけどな。」
 ふむふむ。つまり客席にいる人間のほとんどは僕達同様に、演奏を聴くよりも奏でる方を今日のメイン目的としてこのホールに来ている人間か。そう思うと存外多くもない様な。
「モリ先輩。あの、壇上でパチパチやってるのって何ですか?手拍子が入る歌……にしてはちぐはぐな手拍子に見えますけど。」
「あー、あれは手を打った音が、ホールでどのくらい響くかを確認、する意味を一応は持っている。」
 なんだかすごい遠回りな表現だった。
「残響がどの程度かなんて、演奏前に知ってどうという事はないからな。ホール内の人口密度にもよる。つまり、人が入り切っていない集まり切っていない今の状態で調べたところで意味もない。」
 健馬先輩がバッサリ切り捨てた。
「それに、少なくとも今日歌う団体はどこも同じホールで、同じ条件で歌うんだから。ホールの響きの善し悪しにかこつけるなんてかっこ悪いよ。」
 渡先輩もバッサリ。そしてこの二人が口にすると説得力が段違いだ。
「でも面白そう。僕も叩いてみよう。」
 そんな二人のご高説の後で、無邪気に柏手一本打ちやがる宝屋。こいつもこいつでなかなかに強かなもんだ。
「おーいモリ、まだ荷物置いてないのか。」
 などと遊んでいると州藤先輩現る。この様子だと僕達以外はみんな荷物を置いて既に発声の練習場所に出ている模様。ほらお前が遊んでるからだぞ宝屋……と言いかけて。でもやはり、ホールの残響がどの程度か、少し気になった。
「宝屋、ここの響きってどうだった?さっきのやつ。」
「ん?普通。」
 最も難解な答えが返って来るのだった。

 会場の外で簡単に発声練習を行い、それからすぐにホールでの開会式に向かう。中学校から高校大学、職場に一般。なるほど、高校だけじゃなくて様々な団体の演奏に触れられるという話だったね。
 高校で注目すべきは、選抜メンバーで挑んでくるだろう華仁学園、そして芸術コースを擁する六勝高校。あとは部門が違うけれど、昨年全国大会出場歴を持つ扇立高校か。配られたパンフレットで確認すると、これらの高校に話が明澄高校を含めた四校の内、最初に舞台に上がるのが六勝高校。次が明澄。しばらく空いて扇立。華仁は……?
「華仁学園なら開会式のすぐ後だな。うちらの出番までは時間があるから、華仁の演奏は聴けるな。」
 僕の横は州藤先輩の席だ。もう少し話した事がある人の隣が良かったんだけどなぁ。
「これきっと、他所の演奏を聴くのも勉強の内、って話なんですよね……?」
「そうとも言えるが……正直音楽云々なんて分からないんじゃないか?」
「……正直、多少は。」
「そうだな。私もそうだった。合唱部の演奏を聴いていても、最初は何とも思わなかったし、退屈にすら思っていたくらいだな。」
 そう言えば州藤先輩は一年の最初から合唱部だった訳じゃないんだっけか。
「だから勉強云々なんて難しい事は考えなくてもいい。最初は自分の舞台だけ見ていればいいさ。自分が主役だと思えばいいんだ。この演奏会の目的は自分の出番だけだと思うくらいで丁度良いんだ。」
 この作品の主人公は、僕こと泉大志だと思うくらいで丁度良いと。……良いよね。
 そしてやがて開会式が終わり、華仁学園が姿を見せる。わらわらわら……いや多いなしかし。パンフレットには人数が記載されている。四十八……ええっ五十人近く?
「当日欠席等もあるから厳密に言えば違うかもしれないんだが、しかし新入生も含めてそれだけの規模になったと言う事だな。しかし合唱は頭数じゃない。」
 未だに並び終えない華仁学園を眺めながら、前を向いたままにそう告げる州藤先輩。と言う事は、州藤先輩も大人数の合唱が好きではないって事なのかな。
 指揮者が現れ、拍手。指揮者が挨拶してまた拍手。
 そして、華仁学園四十八名の演奏が開始される───
 その演奏は。
 混声合唱ながら、皆が一斉に歌い出す類のものではなく。
 各パートがさながら別の楽器を象徴しているかのようなヴォーカリーズで、合唱と言うよりは〝声〟の合奏と言った印象。言語ではなく、声。
 言語と言う文明的な音を排している為か、やや幻想的にすら感じられたその合奏は、やがて日本語の歌詞によって具体的なイメージを帯びてくる。
 僕はこの演奏を通じて、未開の地に踏み入る旅人を思い描いていた。
 その中にあるのは神秘ではない。そんな訳の分からないものではない。聴いた事もないはずなのに、どこか懐かしくもある、心安らぐ旋律。おふくろの味的な。
 心安らぐ旋律と思えば、やがて最初の旋律が蘇る。どんな気持ちでそこに足を踏み入れたのかを思い出させる、夢の終わりを想起させるかのような演奏───

 ……はっ。
 演奏が終わったのか。拍手しないと。
「まだだ。二曲目がある。」
 州藤先輩に制された。一曲一曲で拍手するのではない模様。見れば、舞台には新たにドレスをまとう女性が。ピアノの前に座る。伴奏つきの演奏か。
 二曲目は、今度こそ良く知るメロディーだった。要するに、ポップスだ。割愛。演奏終了後、今度こそ拍手。ぱーちぱち。
「良く知る曲を歌うとなると入り易いな。それに今のは去年の華仁の演奏会の演目。上級生には慣れたものだな。泉、一曲目はやはり難解だったかな?」
「え……いえ、特に何かを考えながら聴いていた訳では。」
「だな。変に技術に拘泥するより、最初はそれで良い。」
 ……技術。巧拙、ひいては賞にこだわる事……か。
 確かに、それだと目の前のありのままの姿を捉える事は出来ないのかもしれない。変なたとえで言えば、八百円の弁当と千円の定食とどちらが美味かを訊ねられ、単に値段の高い低いだけで判断するような。分かりにくいか。
 篠瀬とか日宮さんが言うのは、こういう事なのかな……?
 その後も二団体ほどの演奏を拝聴。しかし華仁学園の第一印象が大きかったと言うか五十人の規模と比べてしまう所為と言うか、あまり印象には残らなかった。
「逆に言えば、これで選抜を組んでコンクールにAグループで勝負しにくる華仁学園は相当の脅威になるって事か。」
「お、泉は情報が早いな。華仁が選抜を行う事を御存知とはな。」
 ふふん、北陸は音速が遅いなどと言われてたまるものか!
「しかし早合点だな。御堂は選抜を嫌う。今年も選抜が行われるかはまだ分からない。」
 え?そうなの??
「選抜を行うなら、何を基準に選ぶのかって話になって来るからな。コンクールに出場するなら実力者で固めるべきだろうが、部活と進路を天秤にかける身の三年生が出られなくなっては可哀想だし、かと言って年功序列を採用すれば一年生のモチベーションが上がらない。」
「悪い事しかないじゃないですか。」
「代わりにコンクールでの上位大会出場が叶うがな。もっともその上位大会にも選抜メンバーしか出場しないとなれば話がどうなるかは見えてしまうな。」
 練習に行かない人間はますます行かなくなる。
「もしも選抜を行わなければ、華仁はBグループですよね?明澄の敵にならない!」
「それを言うなら、代わりに扇立の目の敵になるけどな。」
 州藤先輩の見方は、華仁の側に立った見方だった。僕としては明澄の側から見て華仁が敵になるかどうかだったんだけど、州藤先輩には「どの選択が誰を敵に回す事につながるか」という考え方が採用されていた模様。
「それよりそろそろ練習に向かうか。次の演奏が聴けるかどうかは微妙だからな。」
 一応、明澄の側のタイムスケジュールで言えばもう一団体くらいは聴けそうな気がする。しかし県唱祭側のタイムスケジュールで言えば本来ならばそのもう一団体の演奏が済んでいるはず、つまり時間が押しているのだ。演奏を聴いてうっかり遅刻してしまうよりは今抜ける方が確実だ。
 僕と州藤先輩、そして周りの何人かはそろっとホールを出る。……それにしても集合自体には早いので、お手洗いを済ませておくか。
「泉君、何処へ行くんだい?」
「ああ宝屋か。お手洗いにね。」
「お手洗い、なんか見つけにくいところにあったよ。気をつけてね。」
 小学生か!案内のある建物で迷うものか!我不迷!などと大口を叩いていたら、本当に宝屋に言われたとおりにお手洗いの場所が分からない。迷ったのか!小学生か!
「竹塚さん、ここトイレどこなんですか、もう!」
「俺的にここの厠と言えば初見殺しだからな。ほら、ここの柱の裏の細道。俺的にこの通路は死角なんだが。」
 おお、偶然にも同じ場所を目的地とする男達が側にいたのか。それではその人の言う通りに、ってあれ?あいつは……
 その、最初に声をかけた、お手洗いの場所を訊ねた方。そいつの顔に見覚えがあった。そいつは、僕と小中と同じ学校だった憎き出歯亀、真吹仁吉(まぶき じんきち)だった……!
 こんなところで嫌な奴に出くわしたものだ。可能な限りあんな奴とは顔を合わせたくはない。お手洗いも集合時間も特に緊急と言う訳ではない。しばらく様子見でやり過ごすか。
「それにしてもさっきの。華仁学園。大した事ありませんでしたね。」
 ……ん?
 そうか。ここにいるなら真吹の奴も、合唱部なのか。
 なら……何処の学校だよ。華仁ではなさそうだけど。
「真吹。言うなそんな事。誰が聞いているかも分からない。」
「言われる演奏をするのが悪いんでしょう。実際連中だって言い返せませんよ。入り揃わない。切り揃わない。揃ってるのはブレスだけ。」
 ちなみにブレスとは、いわゆる「息継ぎ」の事。「吸う」ではなく「吐き切って、その後自然に空気が入って来る」イメージだというのは既に示した通りだけど、このタイミングは各自ばらさなければならない。各自がばれない様にブレスを行い、全体的に「切れてなーい」流れを演出するのが合唱における理想なのだ。
 じゃなくてそんな事より。こいつの偉そうな口調は変わらないな。一秒ともたずに腹が立ったね。華仁の演奏が大した事ないって?お前あの演奏の何を聴いていたんだよ。思わず出て行きそうになるけど、なんとか堪える。
「あれで今年はBグループに出るとかなんでしょ?自殺行為ですよね。県大はともかく、中部を抜けられる訳がない。」
「確かに中部を抜けるには〝シンカイ〟を抜けないといけないからな。俺的に言えば、地元贔屓のアウェーで有名校を退けるのはむりにちかいな。」
「無理ですよ。〝シンカイ〟だけじゃない。俺達を倒さないといけないんですよ、あんな演奏で。」
「だからそう、あまり他所様を見下すな。歴史が違うんだ。」
「見下していません。正当に評価しているだけです。このままだと他の演奏も面白くなりそうにないなぁ。明澄とか。」
「ふざけるな!」
「ん?」
 我を忘れて飛び出していた。嫌な奴に見つかるまいと思っていたのに冷静さを失ってしまっていた。だがそんな事はもうどうでもいいのだ。
「真吹、お前何様だ!正当な評価だって?華仁の演奏をそれで正しく見てるつもりか?それに明澄ならまだ演奏していない、演奏を聴いてもないのに正当に評価する?馬鹿にするのも大概にしろよ!」
「なんだお前、泉かよ。へえ、お前合唱部か。お前が。」
 大して驚きもせずに僕に向き合う真吹。
「俺何て言ったっけ?ああ、明澄か。それで反応するんだからお前、明澄の合唱部ね。お前が部員なんじゃあレベルも知れるけどな。」
「なんだとっ!?」
 思わず掴みかかろうとするも、真吹にするりと抜けられる。こいつはいつもそうだ。他人を見下して馬鹿にして傷つけて、自分だけは安全なところへ逃げてしまう。にやにやと笑いながらだ。
 しかし僕と真吹の間には、竹塚とかいう男が割り込んできた。
「やめろ真吹。お前が悪い。……明澄の君、済まなかった。」
「あんたには関係ない。あんたに謝られても意味はない。」
「……もっともだな。おい真吹。」
「いやだね。俺は悪くない。泉よ、演奏を聴いていないのに正当に評価するのが馬鹿げてるとか言ったな?言ってたな?俺に言わせればそれこそ抜けてるぜ。俺は何も悪くないのに謝るほど馬鹿じゃないが、それでも馬鹿に物を教えてやる程度には親切だ。」
「真吹、やめろ!」
「教える、だって?」
 こいつ、何が言いたいんだ……?
「教えてやるとも。何処がどんな演奏をしようとも、それを上回る存在を知っていれば評価など下せてしまうのさ。誰がどう足掻いても、俺達には敵わないと知っていれば!お前らの演奏の価値なんていくらでも証明出来るのさ!」
「お前には敵わない……?まさかお前!」
「俺は寛大過ぎるから謝れなんて言わん。だが聴け。俺の歌を聴け。それが答えだ。」
 そして真吹は校章を示す。僕にはその校章が何処のものかなんて分からないけど、今のこいつの言動から分かるのは。
「俺達、扇立こそがこの石川の覇者だ!」
「……!」
 やはりか。扇立高校、去年県下唯一、全国大会出場校。真吹はその合唱部の部員なのだ……。
「おい覇者。弱い者いじめなら俺の知らん奴を苛めろ。」
 ……後方から聞き覚えのある声。これは……健馬先輩か。
「明澄の人か。済まなかった。ほら真吹も謝れ。」
「あんたの知らん奴なんて俺が知る訳ないだろ。」
「じゃ誰もいじめなければいい。簡単だ。」
「真吹!」
「お前の事は知らんから、十分お前の演奏とやらを聴いておく。俺の事も、十分俺の演奏を聴いて理解しておけ自称覇者。もっとも今日の面子がフルメンバーじゃないがな。」
「なら楽しみにしてるぜ、明澄の名無し。」
 竹塚とか言う人に引っ張られながら捨て台詞を残し真吹は去った。
 しかし……健馬先輩にはみっともないところを見られてしまった。
「確かにみっともない。だが同じ立場なら、俺も同じ行動をとった。俺にお前を責める事は出来ん。」
「健馬先輩、慰めてるんですかソレ……。」
「事実を言っているだけだ。だから、自分には出来ないだろうがこう言っておく。暴力に頼るな。相手が同じ合唱部員なら、演奏で負かせてやれ。あんな奴に負けるな。」
「……はい。」
 そして、今度は僕が健馬先輩にずるずる引っ張られていく。

「遅かったね泉君。迷った?それとも緊張し過ぎ?」
 発声練習の場所に着くなり宝屋が突っかかって来るけどそんなの無視。早速僕は健馬先輩とともに発声メニュー、まずは脱力から始めるとする。
「泉、まだ力が入ってるぞ。宝屋の言う通りに緊張があるのかもしれないが、初の舞台だ。気負わずに楽しむ気で行けばいいさ。」
 上半身ごと下を向いているので気付かなかったものの、その声が州藤先輩のものだとはすぐに理解した。なるほど、先程客席にいた時と同じ事を言われている気がする。
「ご心配なく。緊張もしていません。今は気負う理由が出来たので、これで全力を出し切ります。」
「うん……理由?何かあったのか泉。」
「ユーさん、やる気があるに越した事はないでしょう。」
「まさか、健馬の入れ知恵か?……泉の好きにさせてやれよ。それなら理由なんてどうだっていいが。」
 頭の上で溜息がこぼれた模様。州藤先輩は何かを誤解している。僕の理由は僕のもの。健馬先輩は勇気づけてくれただけ。僕は最初から、僕の好きなようにするつもりだ。
 州藤先輩の言っていた通り、僕には芸術なんて分からない。良い音楽なんて理解出来ない。それでも。
 真吹の奴には、勝たなければならない!
 音楽が分からずとも、言葉で語れずとも、合唱には魅力を感じている。素敵な演奏に触れて感動を覚えている。奴はそれを無下にした。それで黙っていられる程、僕は子供じゃない。
「泉、力み過ぎだ。ブレスも粗い。」
「え?ああ、ごめん。」
 鍋島に注意される。指摘の通りだった。気が逸っても実力が伴わなければ結果は出ない。……今までのほほんと練習していた事がもどかしい。くそ。
 そうしたもやもやが晴れない内に最後の発声練習も終わり、再び会場へと向かう、その道で。
 思いっきり足を踏まれた。
「ぃっづ……」
「御機嫌、泉君。」
 前を歩いていた日宮さんに、踵で踏まれたらしい。声を上げようにも口元に今度は後頭部が圧し当てられて怯む。
「……泉君にどうしてもお願いしたい事がある。」
 お願いするって態度じゃあないですよね日宮さん。そしてここからは日宮さんの頭、を通り越して前髪がやや見えるかと言った程度で、顔も声も良く分からない。
「取り敢えず動いて下さい……歩くのもしゃべるのも出来ません。」
「そうだね。」
 多分無感情な響きでそう言って僕の前から(下かな?)動いた日宮さん。しかしこの露骨な攻撃を見て周りは何とも思わなかったのか?周りに見られない様にやったか、相当自然にやったか。こんな事に手慣れているとか、日宮さん……結構恐ろしい人?
 そしてようやく見えた日宮さんの顔は矢張り無表情。
「約束して欲しいんだ。今日も含めて、これからの演奏。絶対に、勝ち負けとか、評価にこだわらないでって。」
「……どうして?」
「今は時間がない。理由は県唱祭が終わったら絶対に話すよ。」
 …………それじゃあ、駄目だ。
「いくら日宮さんの頼みでも、理由もないのにそんな約束は受けられません。」
 僕はどうしても、あの真吹を認めさせなければならない。勝たなければならない。
「……そんな演奏は、皆を不幸にすると言っても?」
「不幸?」
 表情の読めない日宮さんの口から出たのは、何とも縁起の悪い単語。
「今は時間がないからそれしか言えない。……こんな事を言う理由は、泉君が約束をどうしようと関係なしに後で話すよ。」
 それだけ言って、日宮さんは僕から離れ、会場へと足早に戻っていく。
 日宮さん、それはあまりにも、
 ………………卑怯だ。


 会場へ着くなり、待機列に並ぶ。これは客席に入る為の待機列ではなく、出場者用の順番待ちらしい。これからの流れを確認。控室で最後の調整を済ませ、舞台袖でまた待機、その後演奏。
 待機が長く、多い。しかし六勝が欠場扱いになっているらしく、出番で言えば一つ早く済むとの事。
「ユキも散々だわ。まったくマオの奴、何を考えているやら。」
 ほう、と大きく息を吐き出す部長。
「鍋島に泉、ここからは私語は慎むようにな。私語や潜め声は喉に負担をかける。本番演奏前の御法度だな。」
 州藤先輩の進言、僕と鍋島は静かに了解する。下手に喉を痛めて、演奏に支障が出れば一大事だ。
(真吹に勝てなくなっちゃうじゃないか!)
 そうして、何も言わず、そして周りも口を開かない、せわしない足音と場内アナウンスのやかましさだけが目立つ。静かだと思える訳がない意外な喧騒の中で。
 僕は───明澄高校合唱部は、静かに初陣の時を待つ。


※※※※※※※※※※※※

 同時刻、石川県立明澄高校。
 多くの部活動の春季大会ないし発表会が集中し、この日登校するものはほとんどいない。しかし、休校日ではないのでl、当然学校は機能している。生徒会在籍の面々もまた、登校義務を果たしている。
「会長!」
「ん?」
 書記の男子生徒が窓を見て騒ぎ出した。男子生徒が一人、気に上って危険だとか。生徒会長の咲希も早急にその姿を確認する。
「あいつは……冴、ちょっと!」
「応。しかしわざわざ会長の咲希が行くまでもない。私一人で行く。」
 冴は一人、その問題の人物が上った木の下に駆けつける。
「今すぐ降りろ。目立ってくれるな!」
「来たな冴。了解だ。」
 あろう事か木の枝から飛び降りたその男は、冴の知人であったらしい。確かに明澄の生徒であれば冴の知人であっても何もおかしなところはないだろう。だが。
「何のつもりだ?どうしてお前が……六勝のお前がここにいるんだ、マオ。」
 そう、この男は、明澄高校の制服をまとってはいるが、その正体は……冴の良く知る男、祭万音だ。
「なに、人に会いに来ただけだ。」
 飄々と悪びれもせずに答える万音。
「まだある。今日は県唱祭のはずだ。どうしてお前がここにいる。」
「それはお前と同じ理由だ。」
「何?」
「明澄高校合唱部のメンバーである天槻冴が、県唱祭に参加せずにこんなところにいる。その理由だ。」
「……。」
 万音の切れ長の二つの目は、冴の姿を真正面から捕えて離さない。言葉でなく視線で問い質す様に。先に言うのが万音の方ではなく、冴の方であるべきだと言いたいかのように。
「私には生徒会役員としての使命がある。それに対しお前はなんだ。別段何もないじゃないか。」
「それはそうだ。だがお前には明澄高校合唱部学生正指揮者としての肩書もある。そちらを疎かにしていいという道理にはならない。」
「それが六勝高校合唱部部長のお前の言葉か!」
「もちろんだ。」
 万音の視線は、片時も、絶対に冴から離れない。
「六勝は今日演奏を披露しないよ。理由は二つ。一つ目。六勝も今温度差が生じていてね。練習熱心な部員と等閑な部員がいる。僕はイベント前にこう伝えた。『自分が必要だと感じている奴だけ来い』と。」
 すると……どうなると言うんだ。冴は一旦思考に耽る。
 内部分裂が進むだけなのではないか……いや、その原因はそもそも、各部員が必要とされているか云々のくだりに遡れるのだから……この話の落とし所としては。
「なるほど、今日集まった、練習熱心な方の部員が、普段練習をおざなりにしている連中を『必要』と認め、おざなりの方も、自分達が必要とされていると実感できる……その為に一度喧嘩を起こすと。」
「その通りだ。」
 表情も声の調子も、そして視線も変えず、万音は冴に向き合う。それが冴には面白くない。まるで、冴自身が明澄の後輩や同期に必要とされていると分かっていながら、何故行動しないのかと責めているように思えるからだ。
「ふん、ユキの奴が不貞腐れている顔が思い浮かぶ。奴にとっては単なる迷惑だろう。」
「今はな。そして理由の二つ目だが。」
 ……内心、冴は驚いていた。随分あっさりと話題を変えたものだ。喜ぶべきか?それとも警戒を強めるべきか?
「今年の六勝の実力を……誰にも見せない為だ。」
「…………ほう。」
 それを、私に言いに来たという訳か……。冴には全て得心がいく。おそらく万音にとっては今年の六勝こそがもっとも完成度が高くなるとふんでいるのだろう。そして、それを最大のライバルになるだろう(冴が華仁学園の参加人数に関して情報を得ているかは不明だが)明澄高校に、その〝名目上の〟正指揮者に伝えに来る事の意味。
「今年の文連……石川を制するのは、俺達六勝高校だ。……止められるなら止めてみろ。風林火山の意志を見せてみろ。」
 その一言に冴の柳眉が跳ね上がる。
(風林火山の意志、か。)
 冴の一代上、つまり第二十二期。部長:蔭沼(かげぬま)を筆頭に、学生指揮:雷軒(らいけん)、S.P.L.:林出(はやしで)、A.P.L.:山際(やまぎわ)、T.P.L.:風原(かぜはら)、B.P.L.:火辺(ひべ)。この六名を指し、『風林火山』と呼ばれていた。その意志を継ぐ者達。それが第二十三期のメンバー、のはずだった……。
「六勝には俺と千音がいるって事だ。」
 その言葉だけを残し、万音は去っていく。その言葉が冴の耳に届いたかどうかなど、知る由もない。

※※※※※※※※※※※※※※※

 大きな拍手が、明澄高校の演奏の終わりを告げていた。
 練習通りに、舞台をおり、廊下へと出る。
「…………。」
 足が、震えている。たかだか十五分間立っていただけだと言うのに、まるで力が入らない。
「立っていただけじゃないだろう。泉、お前は立派に歌っていたんだ。合唱と言うのは外から見ただけでは想像も出来ないほど体力を要する。今でも無茶だったとは思うが、入部最初の練習前の十賀さんの筋トレメニューもあながち不要ではないだろう。やり過ぎだとは思うが。」
 健馬先輩が慰めてくれているが……歌っていた?僕が?歌えていた?否。
(僕は歌えてなどいなかった……練習してきた事の一割も発揮できなかった……)
 目の前に健馬先輩がいるのは分かっているけど、慰めてくれているのは分かるけど……とてもまともに顔を見れたもんじゃない。
 不甲斐ない気持ちでいっぱいだった。力の無さを痛感した。緊張はなかったけど、息は続かなかったし、高音は当たらなかったし、喉声になってばかりだったし、姿勢だって。今まで練習して来た事が、何も出来ていなかった!
「泉、そろそろ戻ろう。」
 今度は州藤先輩が声をかけてくれた。今は他所の演奏など聴きたい気分じゃない。今ここでうずくまりたいとさえ思った。しかし……次の言葉で我に返る。
「今戻れば、次は扇立の演奏が聴けるな。」

 実際は二団体ほど後だったのだけど、僕は客席で扇立の演奏を目の当たりにする。
 予めパンフレットで確認した扇立の参加人数は、やはり八十人近く。華仁の人数に更に明澄の人数を加えたほどの数字だ。全員が並び終えるまでに、二三分を費やしたのではないだろうか。
 ……ここが、県内最強の高校、扇立高校。真吹がいる。
 グループ別では対立しないものの、僕の中ではここは敵。
 演奏が、始まる───

 最初はユニゾン。おそらくピアニシモなので音量はそれほどでもないけど、八十人全員が同じ旋律で同じ歌詞を歌う。少なからず不気味な印象を抱いた。
 やがて女声だけで輪唱のような掛け合い、続いて女声の時とまったく同じ旋律で今度は男声だけで掛け合い。やがて女声も加わり、大きなうねりとなって会場を圧倒する。
 さながら潮の満ち引きの様に、いつの間にかクライマックスは過ぎていて、最初の旋律がリフレインする。しかし、潮が完全に引いた底から、何か尊いものでも見つけたかの様に、最後にもう一度盛り上がる箇所があった。

 …………これが、一曲目。
 第一印象は、まぁすごいっちゃあすごい。メリハリも伺えるし、技術的に工夫しているんだろうなというのは分かる。具体的にどんな工夫なのかは分からないけれど、単調でつまらない演奏ではなかった。なかったけれど。
 なんだろう。「演奏」であって……華仁の時の様に、具体的に何かをイメージした、と言うのはなかったな。
 おっと、二曲目が始まる。ピアノ伴奏者が出てきた。

 今度も静かなピアノの調べから始まる。細波のような。やがてどんどんと低声から高声と、その旋律に静かに加わって行く。さりげなくいつの間にか加わり、気付けば細波は大きな波へと変化して、寄せては返しを繰り返していた。
 そして急にワッと大きくなり、音の中心に投げ出されたような感覚に陥る。うるさい。
 今度は波と言うより渦……ステレオ、いやサラウンドのような感覚。各パートが次々に主張し合い、やたらうるさい。だがそのうるさい掛け合いも、徐々に和音に結び付いていく。
 ついには全パートでの合唱になり、大迫力で何かを訴えかける。音量で言えば先程よりずっと大きな声なのに、うるさいという印象はなく、代わりになるのか、ずっと鳥肌が立っていた。渦が滝になった様な。そんな、轟々とした演奏。
 そしてついに最初の静けさを取り戻す……かと思いきや、最後の最後で大津波の様なクレシェンドで締めくくった!

 ……。
 クレシェンドが切れたか切れないかと言うタイミングで、大きな拍手が会場を満たす。指揮者が礼をする前だと言うのに。
 ……しかし。これが石川最強の演奏って事か……。
「まぁ、こんなところだろうな。」
「やけに落ち着いてますね州藤先輩。こんなところって?」
「いや、ここの演奏はコンクールだと本当にすごいんだが、賞が絡まない舞台だとあまりその、凄いと感じないんだな。選曲が私の趣味に合わないせいもありそうだが。」
 趣味、か。そう言えば夏先輩だって、全国一位のなんたら言う(作者註:麗王)高校より、富女子の演奏の方が合うとか言ってたっけ。
 僕自身、なんだろう。扇立の演奏は……良く分からなかった。きっと上手いんだろうけど、華仁の方が印象に残る演奏だった。……後で別の人に聞いてみようかな。

 その後も様々な団体の演奏に触れたものの、どうも大人数のインパクトは絶大の様で、印象において華仁や扇立を超えるものはなかった。
 作曲家か何かの先生の講評があり、これで県唱祭が終わる。ホールを出て、しかし会場内で集合し、明澄高校の終礼と相成る。それが終わるまで、僕は一度も満足に顔を上げられなかった。
 悔しかった。満足のいく演奏が出来なかった。それだけで、他の皆に面目が立たない。申し訳ない気持ちしかなかった。
「どうしたの泉君。一気に緊張が解けて具合が悪くなったとか?」
 誰だ?えーと、これは朱緒先輩だ。あまり馴染みのない先輩にまで心配をかけていた模様。
「具合が悪いとかはありません。心配掛けてすみませんでした。ちょっと、今までやってきた事がいかせなかった自分に嫌気が差しただけです。」
「あー、自己嫌悪か。じゃあ散々落ち込んどくといいよ。」
 ……何て事を言うんだこの人は。
「禄門先輩!追い打ちかけてどうするんですか!」
 朱緒先輩の更に向こうから、日宮さんの憤慨したような感じの声が聞こえてきた。
「理由は言葉にして説明しにくいんだけど、私の場合はそうなんだよ。自己嫌悪には、少なくとも本人にとっては大きな問題がある。大きな問題なんだから簡単に他人が解決できる訳もない。自分で苦しんで苦しんでやっと解決出来る。他人に縋るってのは逃げる事だよ。」
 ……確かに、今僕が落ち込んでいるのは全部自分の所為だ。自分が実力を発揮できなかったのが悪いんだ。
「ごまかさないで下さい!他人が助けられる事だってありますよ!」
「私にとっては今のが正論だから。蓮花には蓮花のやり方があるだろうけどね。なんにせよ具合が悪くないなら良かったよ。しんどいようなら、健馬なり誰かに言うんだよ。」
「あ……」
 気を遣ってくれた朱緒先輩にお礼を言わないと。そう思って顔を上げたものの、既にそこに朱緒先輩の姿はない。代わりにこちらを向いていたのは日宮さんの顔。
 橙色の夕日に横から照らされたその顔は、なんだか僕を心配している様に見えて。ああもう、なんでこの人にこんな顔をさせてしまうんだ。つくづく自分が嫌になる。
「演奏、うまくいかなかったんでしょう?初めての舞台なんだから失敗もするよ。だから、次に失敗しないように、練習しよう。私も手伝うよ。」
 もう、この人の顔は見られない。素敵な人なのに、そんな悲しい顔は見たくない。そんな顔にさせた自分が許せない。
「おーいたいた。泉見ーっけ。」
「……真吹。」
 どこだ。じっと下を見ていたから分からずに、しばらく辺りを見回していた。
「みっともない奴だな。仲間に声をかけられて黙りやがって。そんなんでよく俺に啖呵切ってきたもんだぜ。」
「……。」
 真吹は後ろにいた。腹の立つ物言いに真吹を思い切り睨みつけてやるものの、言い返す言葉はなかった。真吹の言う通りだ。僕はみっともない。それに、確かに僕は日宮さんの言葉に何の反応も示していない。真吹を責める事は出来ない。
「啖呵?泉君が?」
 驚いたような声を上げたのは日宮さんだった。そりゃあ驚きますか。僕みたいなのが扇立の部員にそんな真似をしたんなら。
「俺は真吹。そこの泉の同級生。だが、そいつの知る真吹じゃないね。俺は扇立で合唱と出会った。扇立こそが全国を制するんだ!」
「……真吹……君が泉君をけしかけたの?」
「怖い顔するなぃ。勝手に熱くなったのはそいつの方。喧嘩振ってきたのもそいつの方。俺は悪くない。だがそんな事言いに来た訳でもない。泉を讃えに来たんだ。」
 讃えに来た、だって?ああ、みっともない僕を讃えて、恥をかかせに来たって事か!
「俺は大人数の合唱こそ本物だと思っていた。少人数の合唱なんて、数が足りないんだから数を揃えて出直して来いよと思ってた。人数が即ちステータスだってな。華仁の演奏の時もそう思ってた。だが、明澄の演奏、客席からではなかったが、聴かせてもらった。」
 ……真吹は何が言いたいんだろう。
「本当は誉めたくないが、あれは認めざるを得ない。勿論一番は扇立だと確信しているが、明澄の演奏も、面白かった。」
 ……真吹が……誉めている?
「……あんた、泉君を元気づけようと?」
「勘違いするな薄毛。」
「うすっ……!?」
 あー、真吹は髪派だっけな。しかし薄毛だと意味が違ってるぞ。日宮さんの髪は色素が薄いだけだぞ、じゃなくて。
「泉を認める訳ではないが、お前がいる明澄は馬鹿にならんと素直に言ってやってるだけさ。他意はない。」
「真吹……」
「だが。」
 これまで薄ら笑いを浮かべていた真吹の表情が変わる。
「六勝が出なかった所為だ。」
 ……え?六勝って……確かに出てないけど……。
「今の感想を扇立の先輩にしたんだよ。どの人も俺の感想までは認めてくれたよ。だが、誰ひとりの例外もなく───六勝を超える演奏ではないと言っていた。」
 ……くだんの六勝高校であれば今日は演奏を披露していない。それなのに、確実に今日の明澄を上回っていると断言できるって?
「或いは六勝は、考えたくはないが、先輩達の中じゃあ扇立より上なのかもな。俺は聴いてないから分からんが。おっと、そろそろ戻らないと。じゃあな泉。それと。」
 真吹は日宮さんを指差す。失礼な奴だ。
「薄毛。俺は名乗ったってのにお前は名乗らないな。泉の評価は今日上がったが、初対面のお前の評価は最悪だぜ。おお、名無し眼鏡の評価も上々だ。忘れていたが。」
 名無し眼鏡とは、健馬先輩なのだろうな。
「勝手に名前つけて呼んでるじゃないの。そんな失礼な奴に名乗る名は私にはないよ。私に名乗らせたければ薔薇の花束でも持って来なさい。」
「薔薇が何だって!?」
 もう遠くを歩いていると思われていた州藤先輩が急に戻ってきた。皆忘れてると思うけど、この人普段薔薇をくわえているんだよ。それより、シリアスなシーンをぶち壊されたお陰で会話を戻す訳にもいかない模様、真吹はそのまま扇立の集団へと戻って行った。
「良くは知らないけど……そっか、泉君は知人のあいつに出くわして、滅多な演奏を出来ないって気負っちゃったんだね。」
「はい。滅多な演奏しちゃいましたけど。」
「だから、気にしちゃダメだって!」
 日宮さんのねこパンチが頭上に炸裂。初めて喰らった時より力が強かった。
「日宮の言う通りだ。ほら、私からも薔薇を贈ろう。」
「いりません。」
「……泉、赤い薔薇の花言葉は、」
「知りません。」
 今応じたのは日宮さん。薔薇の花言葉と言うと……うっ、少し傷つく。
「練習ではいくら失敗しようと次がある。しかし舞台での失敗はそう取り返せるものではないし、まして次などありえない。だからこそ、失敗をなくすために練習を重ねる事の大切さを痛感した事と思う。泉、私も県唱祭をぞんざいに扱おうと言うつもりはないが、ここでの失敗を意味あるものにする為にも、明日からまた頑張って行こう。あ、来週からか。」
 夕日に照らされながらの帰路。州藤先輩はなんだかかっこいい事を言っている。ただ、今はちょっと何も考えられない。次だとか明日だとか。やっぱり今日の失敗を一番活かせるのは、今の内に反省しておく事だと思う、なんてのは言い訳かもしれないけど。
「でも州藤先輩、明日自主練習ありますよね?」
「うん、日宮はよく自主練習も見かけるな。まぁ泉も来たければ来ると良い。」
 自主練習か。確かに部活の練習だけで満足できないと分かったから、参加しない手はない。
 僕の合唱部最初の舞台は大失敗に終わった。でも、州藤先輩の言うように、この失敗を次につなげるため、僕は明日から、これまで以上の練習を重ねる事になるんだろう。
 失敗して、負けて、嫌な思いをするのは、もうたくさんだから。



第二話「県唱祭」───了



☆次回予告☆

 こんにちわ、前回よりは第二話で出番とかがありました、篠瀬じゅんです!
 県唱祭を終えて、篠瀬達合唱部の次なる目標とかって言うのは、「太陽コンクール」!今度こそ順位がついて、上位大会に行けるか行けないかが分かれるイベントになります!
 ちなみに県唱祭が5月末なので、第三話は6月です。衣替えとか終わってます。日宮さん、夏服になっちゃいました。夏服ってデザイン的に色で遊べないから面白くないですよね~。あ、こちらの話。忘れて下さい。
 それでは次回、歌今抄第三話。『フルメンバー』にご期待下さいませ。
 ……うん?このタイトルって……まさかねぇ。
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