小説載せる予定が、気がつけば日記の溜まり場。 そんなもんよ。
どこへいくいく 一九の道
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歌今抄の第二話、前半。
2010-09-11-Sat  CATEGORY: 歌今抄(オリジナル合唱部物語)
 歌今抄第二話、えらく長くなったので取り敢えず前半。二つか三つに分けるとです。
 漫画に出来るのはいつの日か……。
 麗かな春の日差し。何も無ければ休日だから、今頃はまだ惰眠を貪っていたかもしれないな。
 現在朝九時。明澄高校のグラウンドには、いくつかの運動部の皆さんの姿が見られる。九時より前から練習メニューを始めていたところもあるのか、既に活気に溢れている。
「皆揃ってるかなー?」
 日宮さん───僕達の代、二十五期で唯一の経験者の日宮蓮花さんが号令をかける。その姿は体操着にジャージ。絶対にイモ臭い服装のはずなのに、美しい人が着れば貫禄が出てくるんだから世の中分からないものだ。
 おいすー、と僕の周りの面々も日宮さんに返す。皆体操着かジャージ姿。二十五期はここにいる七人で全員だ。体操着に身を包んでグラウンド集合、うん、なんとも運動部な感じがするじゃないか。
「よーし、それじゃあ明澄高校合唱部の練習を始めるよー!」
 日宮さんの元気な声が響く……うん。
「なんで合唱部がグラウンドで体操着来て準備体操とかしてるんですか!」
 そろそろ言わないと。誰も言わないんだからいい加減僕が言っとかないと。そんな小賢しい使命感に見舞われて、仕方なく僕がツッコミに回った。
「なんでって、私が預かった練習メニューの一番頭に書いてあるからだよ。見る?」
 さも僕の疑問が理解出来ないかのように、ていうか多分理解する気すらない模様だけれど、日宮さんは僕に練習メニューを記したノートを見せる。……なるほど確かに日宮さんの仰る通り、グラウンドに出てあれこれってメニューが記されている。
 ちなみに今日は二、三年生がテストだったりするので、午前中の練習には一年生、つまり二十五期しかいない。よって二十五期用のメニューを、唯一の経験者たる日宮さんが預かるのは無理からぬ流れ。
「って、日宮さんもおかしいとは思わないんですか?経験者として!合唱部が走り込みとかおかしいと!」
「おかしいかな?」
「……。」
 そうですか。おかしくないんですか。もしかして合唱部って文化部と見せかけて実は運動部でした、なんて落ちなんですかね。
「泉君、えーと、勘違いしないでよねっ!」
「変なキャラ付けしなくて良いですよ日宮さん……。」
「了解。いやそうじゃなくて。合唱部は文化部だけど、文化系だからって体力つけなくて良いって訳じゃないんだよ?」
「ブラスの人達なんて、座ってるとは言え重たい楽器を演奏ステージの間中支えたりするしね。」
 飄々と、僕と日宮さんの間に割り込んできたのは宝屋だ。「たからや あらた」。なんだか正しく発音できてるのか不安になる名前だ。
「宝屋君の言う通りだね。吹奏は楽器だから簡単に(作者注:簡単じゃねーよ)大きな音も出せるけど、合唱や声楽は体が楽器代わりだからね。一ステージが三十分くらいとして、その間中ずっと声を張り続けるって、今の泉君に出来るかな?」
「う……出来ません。」
「そういうこった、泉。体力つけようぜ?」
 僕の後ろから頭をぽふぽふと叩いてくるのは、同じクラスの鍋島だ。鍋島一等。体操着姿で腕組みしてニヨニヨしている。この表情は見まごう事なく、
「体操着に見惚れているね。」
「ちげェし!体力には自信があるって事だろ!そのくらい空気読もうよ!」
 と、ツッコミ属性を遺憾なく発揮する鍋島。
「じゃあ女に負けたらかっこ悪いよなぁ?」
「!」
 どんどんキャラが会話に参加してくる。紹介が追いつかない。ちょっと引っこんでろ梓。
「なんでだよ!宝屋より鍋島より紹介すべきキャラじゃん私!あ、ごめん鍋島ツッコミ取った。」
「俺はツッコミじゃねぇって……」
 ツッコミじゃない事につっこむ鍋島。それはそうと、梓の紹介か。えーと、うーん。
「なんか思い浮かばないから自分でやってくれない?」
「私、梓唯!女好きの泉やら体力バカの鍋島からうら若き女声陣を守る為に立ちあがった麗しの戦士!」
「鍋島、要約してくれ。」
「ああ、ただの乱暴女だ。」
「っておおおおい!」
 梓の鉄拳につっこまれる鍋島。だめだな、ちゃんと何か言ってつっこまないと。やはりツッコミ担当は鍋島だ。
「あははは、仲が良いなあみんな。」
 笑っているのは宝屋だ。笑うところだったかなぁ。
 ちなみに二十五期は七人。僕こと泉大志、日宮さん……日宮蓮花、乱暴女の梓唯、いつも笑顔の宝屋新、ツッコミこと鍋島一等。あとの二人、篠瀬じゅんも向井歩もここにいるのだけれど、会話が苦手なのかこちらに参加してこない。
「ほらほら皆、もう始めるよ!じゃないと初練習でいきなり先輩達に笑われちゃう。」
 ぱんぱんと手を打って日宮さんが促してくる。
「まずはグラウンド外周、各自三周って書いてある。」
「各自か。各自のペースで、競争とかタイムとか関係なしでって意味かな。」
 長身の宝屋には日宮さんの持ったノートの内容も見て取れた模様。
 そりゃあ、鍋島みたいな体力自慢と僕なんかを競争させて欲しくはないし、各自三周ってのが宝屋の言った内容で合って欲しいとは思うものの……
「競争じゃあないってか。良かったな梓。負け扱いにならなくてよ。」
「嗚呼残念だね。ぶっちぎりであんたより上だって証明できる機会だったんだけど?」
 火花バチバチの鍋島と梓。
 ちなみに鍋島は体格も良い男子だけど、梓は別段体格が良いとは思わない。多分、高校一年女子の平均的な体型なんじゃないかな。ただ、第一話にて男子どもをことごとく吹き飛ばしていた身体能力は記憶に新しいと言うか忘れ難いと言うかトラウマに刻まれていると言うか。
「篠瀬さんも向井さんも、自分のペースで良い訳だから、一緒に頑張ろう!」
 日宮さんの無敵スマイルが今まで沈黙を保ってきた女子二人に投げかけられる。
「……へ?」
「……。」
 それに対する二人の対応がこちら。声をかけた日宮さんも戸惑ってしまっている。或いはいきなり声をかけた事がよろしくなかったのかと半生なさっているのかもしれない表情。おい女子二人、何日宮さん困らせてるんだこんにゃろう。
「あっはい!篠瀬とか、頑張ります!」
「……。」
 やや遅れて取り敢えず篠瀬は反応を見せた。向井の方は、黙って二度頷いただけだった。
「そろそろスタートにするよ!各自三周ね!位置についてー!」
 位置ってどこだ。しかし皆は空気を読んで日宮さんの側に集まった。そりゃあ、日宮さんも一緒に走るんだから、スタートの位置を揃えるならそうなるよな……。
 日宮さんはwktkしながら、宝屋はによによしながら、鍋島と梓はバチバチしながら、篠瀬はもにょもにょしながら、向井は黙りこくって、それぞれスタートに備える。
「よーい、どーん!」
 ばふぉん。
 どちらが先だったのかは分からない。鍋島と梓が、風と言うか弾丸と化していた。
「うわ、あれ最後までもつのかな?まぁあれが二人のペースなんだろうね。じゃあ僕も先に行くよ。」
 飄々と、宝屋も後を追う。先の二人とは異なりあくまで長距離走向けの走り方だけど、それなりの速度で僕達を引き離して行った。否、僕達が遅いだけなのかもしれないんだけど。
「あー、行っちゃった。泉君も先に行けば?女の子に合わせる必要はないよ?」
 うっ……僕は足に自信がないんですって。前を行く三人が異常なんですって。異常って言うか、運動部行けよって話なんですって。あいつらなんで合唱部来たんだって。まぁその理由は第一話参照ですけどね。宝屋殆ど出てないけど。
 などという心の叫びはおくびにも出さずに、「てへっ☆」とだけ言って女の子達と併走する事をアピールしていた訳だけど、その行為がそもそも雄弁に何かを物語っているだろう事は疑いようもなかったりな訳でして。
「そう言えば女の子が好きなんだっけ、泉君。」
「だから違うんですって!いやまぁその、人並ですって人並!」
「叫ぶ余裕はあるんでしょ?」
 うっ、日宮さんにはめられたか……ふと日宮さんを見遣ると、こちらを向かずにお澄まし顔。余裕と言うなら日宮さんこそ余裕に見える。
「会話する程度に余裕とかなのは日宮さんもでしょ?」
 おっと、これは僕の声じゃない。話しかけてきたのは篠瀬だ。篠瀬の声は殆ど聞いた事がないから分からなかったけれど、口を動かしてるのをばっちり見ていたから間違いない。これで向井だったりしたら笑えるけど。
「日宮さんも、篠瀬とかに気を遣わなくても良いですよ。ズルとかはしませんから。安心して前の人とかを抜いちゃって下さい。」
「いやぁ、別にそう言うんじゃあなかったんだけどね……」
 おや、珍しく日宮さんが苦笑いを浮かべている。苦笑いも綺麗だ。くそう、なんで絵の担当が雪嶺なんだ。
「合唱ってさ、目は観客を向いているの。でも、一級になると当然息ぴったりに揃って聞こえるでしょう。なんでだか分かる?誰でもいいけど。」
 取り敢えず僕に訊かれても困る。表現上の演出とはいえマラソンしながら会話するのは大変なんですよ?普通に会話している日宮さんが凄いだけで。いやあ経験者すごいね。
 そしてそれは篠瀬も向井も同様だったのか、前向きな返答はなかった。
「それは文字通りに〝息を合わせているから〟に他ならないの。勿論、長い間時間をかけて築かれた信頼関係やらもあるんだけどね。で、それを手っ取り早く把握するには、それこそそれぞれの息遣いを確認するのが一番ってわけ。」
「……だから、『各自のペース』って事とか?」
 うん?そう……なのか?日宮さんは、とくには答えなかった。無言で肯定を示しているような。
「梓と鍋島は、僕達に合わせようなんて少しも思ってませんでしたよね。」
「うん。でも、全員が探り合ってたら前になんて進めない訳だから、誰かが引っ張ってくれる方が良いよ。あの二人にはそういう役が合いそう。」
「ふうん、そういうものなのですか……。」
 どうやら、日宮さんが独走せずに僕達に合わせていたのは、全員の走り方を見極めるという目的があった模様。先の二人の例に倣うなら、僕達は「相手に合わせる」役が合うってことなのかな。
 日宮さんはと言うと……宝屋の背中を眺めていた。マイペースという意味では、競争するでも併走するでもなく、自分のペースをきちんと守っている宝屋が最も似合っている。でも、日宮さんの中ではこのマラソンが合唱、つまり他人に合わせるか否かを見極める意味を持つ訳だから……なのか。
 日宮さんの顔が、険しく見えた。


*********************************************

 グラウンドを走りゆく大志達の姿を、一人の生徒が窓際から眺めていた。
 二階の教室。この階層には三年生の教室が配置されている。朝礼を終え、一時限目のテストに向けて各々が最後の足掻きを見せている端で、
「……あれが、今年の新入生……二十五期か。」
 声になるかならないか、息を吐いた程度かと言った細さで、その生徒は窓の下の光景から視線を逸らさない。
「おーぅい、さえー。」
 投げかけられた、彼女を呼ぶ声に振り向く。黒ぶちの眼鏡と細い髪を手早く直し、声の主───桐里咲希へ向き直る。
「何の用だ。」
「うん。テスト終わったらお願いしたい事があるから、私のところに来てよ。今言う事じゃないと思うし。」
「分かった。武運を祈る。」
「受験に影響もしない試験程度で大袈裟だなぁ。」
 やれやれといった顔でお手上げのポーズを示す咲希には、生徒会長の腕章が伺える。彼女が向かい合う相手、桐里咲希は石川県立明澄高校第二十三期の生徒会長であり。
「じゃあ、冴の方こそ頑張れっ。」
「任せろ。」
 彼女こそ、第二十三期生徒会書記にして、第二十三期合唱部C.C.(学生正指揮者)。
 天槻冴(たかつき さえ)───その人である。


 咲希の依頼と言うのは、案の定生徒会関係だった。園芸部部長の夢岡が花壇を増設したいと申し出て来ているらしく、その話し合いに代理で赴いてくれと言うものだった。
 待ち合わせは当の花壇だったのだが、テスト後に体よく部長の夢岡と合流してしまったので、二人揃って花壇に向かう。その花壇には───
「む。」
「ないなぁー。」
 先客が、いた。
 それも、冴の良く知る人物だった。
「十賀。お前ここで何をしている。」
「お?あっ……ちゃぁあ、冴やがいね久しぶり!」
「何をしている。」
「えー……うっかりハンカチを飛ばしてまってねぇ。多分こっちの方に飛んで来とると思うげんけど、見つからんで。」
 バツが悪そうに答える合唱部員の十賀初音と、これに毅然と向かい合う天槻冴。ついでに、女の子二人が睨み合う状況に置かれてしまい居心地悪そうにしている夢岡成人(ゆめおか なるひと)。折角のゲストなのにこんな扱いでごめん。
「あ!ほやほや!」
 話題を変えようと、十賀が明るい顔で柏手を打つ。
「聞いてや冴!今年の新入生やけどね!七人も入ってくれてんよ!うち一人は秋田美人の合唱経験者や!こんで今年はコンクールかって、」
「早く探し物を見つけろ。」
「……冴。」
 冴の反応は頑として断固として十賀を拒否する姿勢を見せていた。合唱部の確執を知らずとも、この二人の間のただならぬ雰囲気に圧されてはどんな鈍い奴でも怯んでしまって声も挙げられないというものだ。
「ちょいと天槻さん。」
 いた。流石元主人公・夢岡成人。
「十賀さんの事はともかく……うちの依頼を済ませましょうや。そしたら天槻さん、あんたも早々と切り上げられる。」
「おお、そうだな夢岡。」
 気を遣わせて悪い、と夢岡に一言添えて、冴は十賀に背を向ける。最早話す事は無し、顔も見る必要も無し、興味も無し。背中で、空気で、沈黙で冴は語っていた。十賀からは何も出来ない。ただ、自分の用事を済ませるしかない。
「……」
 いつの間にか、などとは言うまい。
 少なくとも冴にとっては空白の時間など存在しない。一切の無駄を排除し、夢岡との打ち合わせを済ませている。無駄が介入するとすれば、その打ち合わせの前後なのだ。その場で夢岡と別れ、その場を去ろうとした時分になってさえ。
 十賀初音はそこにいた。
「まだいたのか。随分探したろう。それで見つからないのならば、ここにはないと言う事だ。」
 怒りや呆れ、そういった不快感を……微塵も感じさせない無感情な響きで、冴は正論を突き付ける。それを受けて十賀は。
「ん?まだ探してないところ、あるさけね。」
「……ふん。」
 十賀の言葉に表裏があった訳ではないが、「探していないところ」が何処なのかは冴には明白なのだった。何故なら。
 先に十賀の探し物を見つけたのは、冴だったから。
 十賀に早々に探すのを諦めて欲しくて、早々とこの場を引き上げて欲しくて、態と自らの身体で十賀から隠していたのだから。
 だが、こうして十賀と二人きりになってしまってはそれも既に意味はない。さも今気付いたかのように、冴は十賀に探し物を届けた。
「おおーありがとうね。ほんでごめんねぇ気ぃ散らして。」
「馬の骨で私の気が散るものか。」
「……うん、ほやねぇ。」
 受け取ったハンカチをひらひらと振り、仕舞う。
 普段の十賀であれば、受け取るなり払いもせずに仕舞ったろう。
 普段の冴であれば、渡したなり一言でも添えて立ち去ったろう。
 しかし二人は、何も言わず、言い出せずにその場を立ち去れずにいた。
 言いたい事はあるのだろう。否、ある。でも何を言いたいのだろう。否、分かっている。何から言えばいいのだろう。否、それも本当は分かっているはずなのに。言い出せないなら、黙って立ち去ってしまえばいいはずなのに。
「あんなぁ冴。」
 先に口を開いたのは十賀。口を開くまでにどのくらいの時間がかかったのかは分からない。
「もう、合唱部には戻って来んがけ……?」
 いつの間にか、十賀から反らしていたらしい自らの視線を再び彼女に投げる。いつの間にか、十賀の顔が、威勢が、随分と弱弱しく見えていた。
 では、自分は……?冴自身の顔は?気勢は?いつの間にか、どう変わってしまったのだろうか。
 だが。
(……関係ない。)
 多少の事で変わってしまうものにとらわれる必要はない。己の中の絶対不変の「それ」を確かめ、冴は十賀に向き直る。改めて……見下す。
「言いたい事は、訊きたい事は以上か。」
「……ッ!」
「大方、どの質問の答えも同じだろうからな。まとめて答えてやるから先にまとめて質問してくれ。」
「冴……。」
「本来、律儀に質問全てに答える道理もないのだがな。ここで足を止めた私の迂闊だ。好きに訊くが良い。」
 冴は、生徒会書記の肩書を持ちながらも、合唱部の第二十三期C.C.の役目を解任した訳ではない。現役の合唱部員なのだ。それでいてクラブオリエンテーリングにすら参加しなかったのには事情がある。どうせ十賀の質問は、合唱部に戻る意思があるかないか、その一点のみだろう。
「ほしたら……質問じゃなくて確認になるげんけど……」
 十賀の目が変わる。弱気だった目に力強さが戻る。これは叱責か憤慨かはたまた虚勢か。しかし関係ない。確認と言ったか。なるほどその単語の方が適当か。
「冴、約束を確認させてま。」
「約束……?」
「あんたが戻って来る条件や。」
 そう。冴が、一度は離れた合唱部に戻るには条件があった。冴から他の合唱部員、とりわけ同期の二十三期におしつけられた条件とは。
 一瞬、なまぬるい風に気を取られつつも、冴は十賀から目を反らす事はなかった。何事かを背負ったらしい十賀の気迫をそのまま受け止め、返すとでも言うように。
「ああ。私の口から言ってやるとも。お前達の演奏じゃ全国には通用しないんだ。風林火山の意志はお前達には相応しくない。それは、二十三期で唯一、全国区の実力を覗いた私には分かる。」
「前置きくどいわ。ほんで条件言いなま。」
 冴自身には前置きのつもりはなかったが、確かに十賀に対する返答にはなっていなかった。
「条件だったな。つまりこうだ。お前達の演奏が私に認められるレベルに達したなら、私は再びお前達の力になる。」
「認められるレベルって言うがんは、冴が決める事やとしても。それはいついつの機会になるんやって。次のうちらの発表は県唱祭や。その日に生徒会の役目を放っぽって聴きに来てくれるんけ?」
「それも含めて私が決める。現段階では、聴きに行くに値しない。」
「……。」
 十賀は既に気付いている。冴が頑なに復帰を拒んでいるのは、それ自体が好ましくない為ではない。冴の本心は、合唱を続けたい、合唱の全国大会で実力を示したいと言うものだ。だがそれは、「明澄高校」の合唱部だとは言っていない。少なくとも、実力を備えない合唱団とともに精進する心ならば、冴は持ち合わせない。
 十賀はもちろん、十賀以外の合唱部員もきっと……冴の復帰を望んでいる。冴自身も合唱を続けたいと思うなら、本来は簡単に解決できるはずの命題のはずなのに。
 同じパートの二十三期、七星館陽里の名前を出せば心が揺らぐだろうか。指揮者の後継者となる都夏葉の苦労を語れば心配を誘えるだろうか。だがしかし。それを語るのが十賀自身であるならば、その効果は……
 自分自身でも気付かぬ内に、十賀が顔を伏せていた。それを見届け、何かを言いかけつつも、結局冴は何も言わずに立ち去った。
 十賀がそれに気付くまでには、更に少なくない時間が過ぎていた。十賀が気付く頃には、拾ったばかりのハンカチは、握りつぶされる形で熱を持って濡れていた。


****************************

「はいはーい!パートごとに固まってくださーい。」
 二三年生のテストも終わり、部員は全員第二講義室に集まっていた。あ、全員じゃないか。三年生で一人、まだ僕が顔を見ていない先輩がいたはずだ。なのでここは、僕が知る部員が全員そろったというべきなのか。
 そして、副指揮者とか言う役職の夏先輩の号令で、それぞれがパートごとに集合する。パートとはつまり、合唱においてどの旋律を担当するかって事なのだと思う。ちなみに僕のパートはBass、ベースというらしい。更に言うとBassの中でも二つに分かれていて、声の高いパートがBar.(バリトン)、低い方がBas.(底)。同じ二十五期の鍋島はバリトンだ。
「それにしても、なんで二十五期皆息上がってるんです?」
 若干引き気味の顔つきで夏先輩がこちらを見ている。彼女は二年生、二十四期の都夏葉先輩。夏、という綽名で呼ばれている。
「いやだって夏先輩、あんな運動部員もばてるくらいの運動を課せられては誰だって疲れますよ。」
 ちなみにグラウンド外周三周の後は、腹筋十回を三セット、馬跳びでグラウンドを往復し、反復横とびとシャトルランが行われた次第。シャトルランとかトラウマすぎる。
「あんな運動?日宮さん、何かしたのですか?」
「取り敢えずこのノートの一ページ目に書いてある内容、三分の二くらいです。シャトルランで私含めダウンしちゃいまして。」
 実際は日宮さんが音を上げたとは言いにくい。多少の疲労はあったのだろうけれど、二十五期の中でおそらく一番体力を余らせていたと思う。真っ先に音を上げたのはなんと宝屋だった。笑って「疲れた~」などとのたまい、全員に休憩を促し……休憩のまま時間が過ぎて行ったという。
「シャトルラン……?ちょっとノート見せて頂けますか?」
 そして夏先輩はノートを見るなり、
「ぬ、ぬァんじゃおりゃァッ!」
 てーれってー。夏先輩が太陽に吠えた……てーれってーははぐれ刑事だっけか。
「うーん、練習メニューはサブコンの私と部長で相談して決めていますので……部長が入れたのでしょうか?」
「私でもないよ?」
 ボクワルイ部長ジャナイヨ的な表情で応じる、七星館陽里部長。
「あ、それあたしや。」
 ちゅどーん。
 夏先輩と部長のツープラトンと思われる合体技が華麗に炸裂する。標的は今しがた発言した先輩、二十三期の十賀初音先輩だ。
「十賀ァ!何勝手な真似してくれてんのよ!次ふざけたら七葉『ラストシンフォニー-easy-』じゃ済まさないよ!」
 無駄にかっこいい技名だった。
「なんでいね……冗談で書いたんに。本当にやるなんて思わんやろ?合唱部におってシャトルランなんてせんやろ普通。」
 ……。
 やっぱりそうなんじゃないか!合唱部が走り込みとかおかしいんじゃないか!さも当然のようにメニューを強要していた日宮さんはと言うと……
「やあ流石本格派は練習から違うなと思って……」
 反省ゼロだった。あ、この人あれだけのメニューこなして殆ど疲れてなかったものね。納得。
「まあまあ夏も陽里も。確かに合唱には体力は必要だよ。毎日って事はないけど、体力をつけるようなメニューもあるわけだしさ。」
「そうですよね~。」
 うう、日宮さんの笑顔が遠くに見える。ちなみにさっきの台詞は二十三期の渡守継先輩、通称モリさん先輩のものだ。僕は渡先輩の温和な性格と夏先輩の秀麗な容姿に惹かれて合唱部の門戸を叩いている。誘われたんだけどね。
 っていうかこのペースで全員紹介するのか。基本的には第一話参照としたいところなので次回からは名前くらいで済ませよう。
「そうですねぇ。それでは少し早いのですが、発声を始めましょうか。では新入生は先輩とペアになって下さいー!」
 そんなこんなで、ようやく本当の練習が開始される。僕のペアは……おう。
「泉。俺がお前の面倒を看る事になった。よろしくな。」
「よろしくお願いします……健馬先輩。」
 長身で眼鏡な先輩。長辺健馬先輩。第一印象は、とてつもなく怖い先輩、という印象。正直、今でも苦手意識が拭いきれないでいる。
「硬くなるな。まずは脱力からだな。これは先に先輩同士で見本を見せるから見ておけ。ではユーさん、お願いします。」
「了解だな。」
 ユー、と呼ばれた先輩が、ベースパートのリーダー。二十三期の州藤遊徳先輩だ。常にバラを身に付けた貴族的な振る舞いが印象的で、その優雅さには舌を巻く一方だが……十賀さん辺りにいじられた時の壊れっぷりはなかなか親しみが湧く。
 あ、十賀さんの趣味は他人をいじる事のようで、しょっちゅう女の子に抱きついている。男には流石に抱きつきはしないものの、おかずを奪ったり髪形を掻き乱したりとなかなかにフリーダムなお人だ。おっとそれよりユー先輩か。
 脱力、なんてものが合唱に何の影響を与えるのかは甚だ疑問で、見本を見せられても自分でやってみても今一つどういうものかが理解出来なかった。力を抜くと言うより、余計な力だけを抜くんだそうだけど、それどう違うの?って感じ。
 脱力の後はいよいよ発声……と思いきや、次は姿勢を確認する。合唱、意外と形から入るものなんだなぁ。そしてこの辺りの詳細については図を交えての説明が効果的だろうから、細かいところは漫画版の発表をお待ち下さい。姿勢を確認した後、「喉あけ」ってのを教わった後、今度は呼吸について教えられる。いつになったら声出すんだろう。
 ようやく声を出す練習になったと思ったところで、今度はパートごとに教室を移動しての練習。ここでようやく、楽譜を渡されての練習になる。パート練習がひと段落したら、もう一度だ二講義室に集合して、全体的な合わせになる。
 ……流れくらいしか、把握できなかった自分がいるのです。


「はーい、では時間になりましたので、今日の練習はここまでです!お疲れさまでした!」
 全体練習を取り仕切っていた夏先輩の号令の後は、部長が引き継いでの終礼となる。現在の時刻、午後五時。
「練習終わるの早くないですか?健馬先輩。」
 右も左も分からずに翻弄されて疲れてしまった僕の横で、鍋島がそんな事を言っていた。
 運動部出身の人間から見れば、これはまだ早いのかもしれない。僕には分からないけれど。
「一応この後自主練習を設けてあるからな。引き続き練習したい奴は残れば良いし、他の用事があるなり帰るなりする奴には、これからの練習は強制されない。ほら。」
 健馬先輩が示す方には、講義室を出て行く向井の姿があった。それにしても、終礼終わるまで待てないのかこいつは。
「しかしだ。今日は早く帰って休んでおくと良い。無茶な筋トレを強要されたらしいからな。」
 無茶な筋トレか……確かに、その所為で疲れていると言うのもあるかもしれない、って言うかきっとそうだ絶対そうだ。それはさておき、この口ぶりでは健馬先輩も十賀さんには手を焼いている模様。
 僕にとって、健馬先輩のような怖い人も苦手だけれど、十賀さんのように馴れ馴れしい人も、同じく苦手だったりする。
 そうこうしている内に終礼も終わり、一応は部活が終わった事になる。自主練習……日宮さんなんかは多分残るんだろうけれど、結構疲労が来ている僕なんかは、早々に帰路につくとしますか。


 とは言ったものの、帰る気力すら失われていたので、自販機の前でぼうっとしている自分。いつの間にか時計はもうじき六時を示そうとしている。終礼にどれだけ時間かかったのか記憶にないけど、およそ一時間ここでぼうっとしていた事になる。疲労感万歳。或いは近くにドッピオが、なんてね。
 すっかり気の抜けた何かの炭酸を喉に流し込み、バス停へ向かう。最終バスがいつなのか知らないけれど、まぁ学校が閉まるくらいまではバスが残っているだろうけれど、早いとこ帰ってしまう方が良いだろう。炭酸飲料一杯ごときで急に太ったんじゃないか?ってくらいに重い腰をようやっと上げて、まずは階段へ向かう。
 ……?
 今、無人のはずの教室に何かが見えた。誰かがいたような。どこに誰が残っていようが関係ないはずだけど、気になったので覗いてみる。するとそこには、見覚えのあるシルエット。
「篠瀬!」
 横顔まで見えているから多分間違いはない。しかし名前を呼んでも反応がないんだから、人違いなのかな?疲れて重くなっていたはずの身体が随分軽くなっていた。普段よりは重いけどね。で、もう少し近寄って見る。
 篠瀬(らしき人)は机に向かって何かを、えーと……書いている?彫っている?ま、何かしている。でも良く見えない。もう少し近付いてみるべきか。でも流石にばれるか……等と考えているが足が止まらない。なんだ軽くなったんじゃなくて自分の意志から離れただけか。なんだなんだあっはっは、ってこれやばいですよ?
「ん?」
 ばれた。
「うわっ、……って、あなたは!」
「あーごめん、そこを通ったら気になっちゃって。」
「……何と言う御名前でしたっけ?」
 ダメだった。覚えられてなかった。仕方ない。
「合唱部二十五期の、泉大志。練習の疲れで帰る気がしなくって、しばらく残ってたんだ。」
「ああ、そういう……」
 なんて説明で分かってもらえたんだろうか、と思ったり思わなかったりしている間も、気になっているのが篠瀬の手元。一体何をしていたんだろう。分からなければ訊いてみる。
「何をしていたの?」
「え?……えーっとぉ……。」
 お、目が泳ぎ出した。やましい事でもしていたのだろうか。放課後無人の教室で女子高生が行うナニカって何だろう。っと、篠瀬の目が素晴らしい泳ぎっぷりを披露している内に、その手元のものを覗く事が出来た。
 これは……
「もしかして、これって。」
「やっ!」
 見つかったと思い急いでそれを隠す篠瀬。とは言え、一度見つかってしまったものは今更隠しても遅いというものだ。
 篠瀬が隠したのは、A4サイズのクロッキー帳だった。そして開いていたページ?には、デッサン調で描かれた、あれは……
「日宮さんの絵だったり?」
「……あー。」
 観念してか、項垂れたのか頷いたのか分からない動作で声にならない声を上げた篠瀬。図星、だろうか。
 しかしそれにしても、少し盗み見た程度とはいえそれがおそらく日宮さんの絵だと認識できるレベルだったのだから、すごく上手な絵だったんだと思う。篠瀬じゅん、恐ろしい子!
「別に、篠瀬の絵は上手くなんか……」
「謙遜しなくてもいいよ!少し見えただけだったけど、僕は絵の事なんか詳しくないけど、それでも!」
「謙遜とかじゃないよ。」
「違うって!僕の言う事を、」
「篠瀬の話を聞いて!」
「!」
 急に篠瀬の剣幕が変わり、押され黙ってしまった。篠瀬も自分の声に驚くような感じで、しかし僕が黙ったのを好都合と捉えて、今度は落ち着いて語り出す。
「泉君、絵の事詳しくないとか言ったよね。だから門前払いするつもりとかじゃないけど、最低限わきまえて欲しい事があるから今言っておくよ。」
「ごめん、何か失礼な事を言ったかな……」
「聞いてって、言ってるんだけど。」
 やっべぇ超怒ってるよ!取り敢えず何が悪かったのかも分からないまま口を開くのは危険だな。
「ふう、確かに篠瀬は絵を描いていたけれど、描き終えた訳じゃない。評価って、完成された作品に対してのみ与えられるべきなの。未完成の作品を評価されても、寧ろ反感しか覚えないよ。」
 時折、ふう、とか、すう、とかいって呼吸を整えるのが寧ろ怒りの表れの様で怖い。
「料理だってそうでしょう。調理し終えて完成された食品の見目と味で評価されるべきであって。実際の調理には華麗な技や鮮やかな技術は必要ない。下準備なんて地味だしかっこよくもないし。それでも、最後に美味しい料理にする為には必要で、その為に地道に準備するじゃない。」
 料理に例えられても、よく分からないなぁ。
 でも、一般論なのかはわからないにしろ、篠瀬にとって絵の評価は完成された作品に対してのみ意味を持つものであって、描いている途中のものに何かを言われても、茶々を入れられたくらいにしか思えないらしいというのは、何となく理解できた。
「芸術家を目指すならその場で描いて見せろ、なんて。即興や衆人環視の中での創作は所詮子供騙しだって分かってないとか、そんな下らない連中が有能な作家方の実力を殺している事実、まったくもって嘆かわしいったらないわ!」
 いつの間にか、怒りの矛先が僕からあらぬ方向へ飛んで行っている。そろそろ口を開いても良いのだろうか、どうだろうか。
「それにしても篠瀬さ、合唱部に入部してるのに、美術系の人だなんて意外だよ。」
「意外かな?」
 取り敢えず僕への怒りはよく分からない謎の連中が担いで行った模様だけれど……しかし篠瀬のこの反応。今朝も誰かがこんな反応してたような。やっぱり同じソプラノって事で性格も似ているのかな。
「まぁ、確かに少数派とかかもしれないけどね。ただまぁ篠瀬の場合、自分が描きたいものが良く分からなくなって。」
 一気に怒りを爆発させたせいか、普段より饒舌になっている篠瀬。普段どんなか知らないけれど、でもこいつの声を聞いたのは今朝が初めてな訳だし。
「実を言うと篠瀬は、歌が好きだとかじゃなくて……」
 と、篠瀬は辺りを見回した。僕以外誰もいない事を確認して、その上で僕に耳打ちするようにして話しかける。
「日宮さんに惹かれて入部したんだ。」
「……はい?」
 さて、今僕は何を聞いたんだろうか。何かとてつもない事を聞かされた気がするけれど。
「日宮さんさ、すごい綺麗じゃない。始めは見ためで惹かれたけれど、声だって可愛いし。それで、説明会までうっかりついて行っちゃった。」
「ふんふん、それでそれで。」
 取り敢えず、夏先輩の真似をして会話を促してみる。あんなにハイテンションにはなれないし、どうも今の雰囲気密談ぽいから騒ぐのも間違いだと思うし、出来る限りのローテンションで。
「そこで初めて合唱部の演奏聞いて。あ、入学式以外で初めて、ね。そしたら、なんていうか……」
 言いたい事は何となく伝わった。そもそも僕の場合、言語に出来る感動ではなかった。素敵なものに触れた、という感動ではない。見た事もないものに出会ったと言う衝撃。
 おそらくは篠瀬もまたこの衝撃を感じ、自らの美術センスと照らし合わせ、何らかのショックを引鉄と感じ入部に到ったのだろう。
「そう……言うなれば、絶対に自分では表現できないって思った!」
 ……あれ?
「自分で表現できないのに、合唱に惹かれたの?」
「そんな風に言われると変とか思われるかもしれなけど、そう言う感じだよ。自分じゃ出来ない事だからこそ、その分野を知りたいって。」
 ふむ……。
 どうやら篠瀬は、僕の思い描くような芸術家と言うよりも、あくまで僕の感覚だけど、研究者のような性格を持ち合わせている模様だった。探究者かな。
 知らない事だから知りたい。自分には出来ないから、出来るようになりたい。それはなんとなくではあるけれども。
 僕が合唱に惹かれた直接の原因の答え、なのかもしれない。
「もっとも、篠瀬にとって絵とかなんて、一人で最初から最後まで仕立てて仕上げていくものだけど、合唱はそもそも一人じゃ出来ないものだからね。」
「ふうん。芸術関係については僕は分からないけど、共感できるところはあったよ。」
「勘違いとかしないでよねっ!」
「唐突に逆説!?」
 だがやはり無理がある。
 篠瀬はやはり僕よりも、日宮さんに近いタイプなんだな。言われてみれば日宮さんも芸術家っぽく見えるし。……否、見えないか。
「きっかけは日宮さんだもん。日宮さんには、なんかこう、描いてみたいって気にさせる何かがあるんだ。勘としか言えないけど。」
 どうやら、篠瀬の芸術家としての鼻は、未知なるジャンルたる合唱よりも、謎の魅力を湛える日宮さんへ一層傾いているらしい。
「日宮さんなら、確か自主練習してるはずだよ。今でもさっきの練習場所にいると思うし、ダメもとで頼みに行けば?」
「え?」
 篠瀬の口が面白く歪む。そんな口で「え」って発音できるんだ。なんか篠瀬すごい。
「だからさ、日宮さんにモデルになってもらうよう頼めばいいじゃん。描きたいって言うならさ。それだけの事だよ。」
「……男の子だなぁ。」
 面白い形になっていた口を両手で隠すように押さえ、顔を僕から背けるようにして呟く。……男の子?何か関係が?また僕は何か変な事を言ったのかな?
「でもそうだね。中学までの臆病な篠瀬とも訣別したいし、思い切って告白とかしてみるのも大事だよね。」
 っておい、告白なのか?告白しちゃうのか?なんかドキドキしてきたんだけどこのドキドキはなんなんだろう?
 そんなドッキドキな足で二人して第二講義室へ向かう。教室のある棟とは別の、特別教室棟のさらに奥に講義室はある。廊下から講義室が覗ける辺りに差し掛かったところで、後ろから篠瀬に袖を引かれた。ここまで来てやはりやめようとか言い出す気かと心配していたら、自分が先に行くと言い出した。なんだやる気があるんだと思ったら、しかし曲がり角で壁に身を寄せて動こうとしない。自分から言っておいて根性ないなぁ。他人事じゃないけど。
「泉君、絶対に声とか出さずに、あの人を見て。」
 ……あの人?言われて僕も篠瀬に倣い、曲がり角から講義室前を伺う。
 そこには、良く見えないけど誰かがいた。スカートのように見えるから、多分女生徒。腕組みをしながら壁に寄りかかっている。服装も良く見えないのだから顔なんてもっと見えない。
「腕章をしているから、学校側の役員とかだね。」
 篠瀬には腕章なんてものが見えた模様。さすが美術系、目が良いや。言われてみれば腕の辺りの服が変なシルエットに見えなくもないような、うーん。って、役員だって?
 そう言えば、入学式で生徒会長と部長が睨み合っていたっけ。生徒会長は女の人だった……でも髪が長かったな。今講義室の前にいる人は髪が……短い様に見える。
「誰だ?」
「?」
 一瞬、誰の声か分からなかった。でも、声に気を取られた次の瞬間、僕と篠瀬が注視していたその人物がこちらを向いて……距離を詰めていた。
 さっきの声はひどく冷静に聞こえていた。でも、その声は……この人のものだったのか。
「うん、誰かと思えば新入生か。新入生がどうしてこの時間こんなところにいるんだ。」
 その人は、眼鏡をかけた、やはり髪の短い人で、篠瀬が言っていた通りに腕章をつけていた。書記、とあるから、生徒会の書記担当の先輩なのだろう。
「答えろ。」
「ひぃっ……」
 ぎろりと、名前も知らぬその人の両目が僕を射抜く。
「私達は、忘れ物がここにないか探しに来ました。どこに置いてきたか、それとも落としたのか、見当がつかなくて思い当たる場所を探していたんです、タカツキ先輩。」
「ふうん。」
 僕がピヨってる間に篠瀬がフォローしてくれた。なるほど忘れ物か。完全に的を外している訳でもないな。それより。
「この短期間で私の名を抑えているか。熱心だな新入生。」
「顔とかがちゃんと見えてくれれば、です。」
 なんか篠瀬すごい。顔が見えれば生徒会の、会長でもない相手の名前が出てくるんだ。まだ四月だってのに。
「天槻先輩こそ、どうしてこんなところにいらっしゃるのですか。巡回と言うには、しっかりと壁に寄りかかっているようにお見受けしましたが。」
「巡回は巡回だ。休んでいる様に見えたかもしれないが、それはこの騒音に対して、生徒会として何事かを忠告すべきか逡巡していたに過ぎない。」
「お勤め、ご苦労様です。」
「あっ、ご、ご苦労様です。」
「おい新入生、『御苦労』とは目上の人間が下の者に使うねぎらいの言葉だ。目上の人間には『お疲れ様』というのがルールだ。」
「……生徒会役員はリーダーであって格上でも格下でもない。目上と仰るのは、合唱部員でも無い貴女にですか?」
「……なるほど、これは傲慢だったようだ。」
 ……????さっきから二人の態度が洋として知れない。
「では私は巡回に戻る。ここで私に会った事は内緒にしておくと良い。」
「他人の貴女の言葉とかなど聞き流します。」
「ふん、生徒会の顔を立てるとでも思え。それでは。」
 ……????とにかく、タカツキ?先輩がこの場を去って行った。その背を見遣る篠瀬の顔は……険しい。
「篠瀬、なんで生徒会の人をそんなに邪険に扱うんだ?」
「……悪い人だから。」
 こちらを向く事もなく、今度は講義室に向きを変え、一泊息継ぎしてから、篠瀬はその扉を開いた。
 わああ、とかなんやら、練習の声が響き出す。合唱の練習なので当然声が出ているんだ。さっきのタカツキ先輩とやらが「騒音」と形容していたのはこの練習の声を皮肉っているのだろう。なるほど、悪い人のようだ。
 先程教室で篠瀬が語っていた内容を考えれば、練習中の声なんてそれこそ「完成していない作品」な訳だから、それをもってきて悪評しか持ち込まない輩は嫌な奴なのだろう。とはいえ音がでかいのだから騒音と呼ばれる気持ちもある程度は分かるけどね。
「済みません篠瀬です。あの、私筆箱とかこちらに忘れて行きませんでしたか?」
 忘れ物作戦は継続中の様だ。さあ篠瀬、上手い事やり過ごしたら今度はうまい事やって日宮さんに言う事言うんだ!
「それと部長、お話が。」
 え?部長?日宮さんじゃなくて??十賀先輩が「何?密談??」みたいな顔で近付いてくるのを肘で黙らせながら、部長が篠瀬を連れて奥へ歩いて行く。
「いてて、おおそれはそうと大志君、もううちのソプっ娘と懇ろになるなんてすみに置けんなぁ。」
 ……。一瞬、十賀先輩の言葉が理解出来なかったけど。
「女好きと言うだけはあるって事だね……。」
 日宮さんの冷ややかきわまる視線に意味を悟る。ああ、僕と篠瀬が逢引していたように見えたのか。見える……よね。
「違いますよ!筋トレが響いて帰る元気もなかったから、休んでいたんです!そしたら篠瀬も教室で休んでて、声をかけてみて……」
「それで一緒に練習場所に戻って、どうしようって?ユニット結成宣言しに来た意外に何があるのさ。」
 日宮さん怖いです。取り敢えず違うってば。信じて下さいって。でも本当の事は篠瀬の口から言って欲しいしなぁ。僕の口から日宮さんを絵のモデルに誘うのは何か違う……。でもここで篠瀬に助けを求めたら、それはそれで誤解を招くような。
「そっかー。」
 ……何がっ!?今何を理解されたんだ?って、今のは部長の声か。て事は篠瀬の話を聞いての返答だ。
「まあ気にしないでよ。あっちも悪い奴じゃないしさ。」
「悪い人じゃないなら、どうしてっ!」
「私が悪く思われてるから……だなぁ、そりゃ。」
 篠瀬が憤慨して問い詰めて、部長が苦笑してごまかす。一体何の話だろう。いや、悪い人って聞こえたから……
「さっきの、タカツキとか言う先輩の話か。」
「たかつき……泉君、それって生徒会の?」
 ずいっと僕に詰め寄るのは日宮さん。詰め寄られるのはいいけど顔が怖い。日宮さんまでその先輩の名前と役職を知っているのか……。
「泉、どうなんだ。日宮の言う通りに、生徒会書記の天槻冴に会ったのか?」
 今度は健馬先輩だ。この人は何も無くても怖い。無表情だけどそれがかえって怖い。
「はい。ここの講義室の前で、何かじっとしてましたよ。巡回中に、何か言う事があるとかないとかで、結局なかったみたいで何処かへ行きましたけど。」
「……そうか。」
 この人は相変わらずの無表情なので感情が読めない。その分、後ろで露骨に表情を変えた人物がいるので、あまり喜ばしい話題ではないと悟る。
 日宮さんが、憚らずに顔をしかめていた。そこにいる一年生は日宮さんだけで、他の先輩達はというと、表情を変えたと言うよりは、表情を隠したと言う感じ。意味するところは似ていると思う。
「健馬先輩、あの……一体生徒会とどんな関係が?」
「いや、話したところで、お前達が気にかける頃には解決している。気にする事じゃない。」
 ……。そう言われてしまえば、僕の方から何かを聞く事は難しくなる。ただ気になるのは。
 篠瀬と日宮さん、二十五期の一年生がそろってこの人物を知っていて、おそらく共通する印象を抱いていると言う事。
「それより泉、早く帰って休めと言ったろう。ああ帰る気力も使い果たしたんだったか。ならば二三年の誰かがついて送って行ってやろう。あと日宮と篠瀬もだ。」
「私は別に、疲れてなどいません!」
 突然名指しされた日宮さんが叫ぶが、
「それでも休め。今日のところはな。」
 健馬先輩は切り捨てた。
「泉君と蓮花ちゃんはバス通だっけ。じゃあ私が一緒に行くよ。じゅんちゃんはチャリ通だよね。夏か健馬に送ってもらって。」
 ええと、この先輩は……
「あ、夕季!じゃあ私も行くよ。」
「おっけー、朱緒も一緒ね。」
 夕季……上住夕季先輩と、禄門朱緒先輩だ。どちらも二十四期、二年生だ。
 なんだか無理矢理の様に帰らされている気がする。何か空気を読めない真似をしたかなぁ。それより、篠瀬も折角勇気を振り絞ったって言うのに、日宮さんと話も出来ずに災難だったな。


「朱緒!蓮花ちゃんってやっぱり上手だったの?」
「さてね。まだきちんと見れてないけど、勘が良くて頼もしいよ。ねえ蓮花。」
「ははっ。またまた……。」
 本人がいる前で、夕季先輩と朱緒先輩は、日宮さんの実力を話題にしている。日宮さんも反応に困っているのが見て取れる。
 登校初日に混乱があったものの、高校と、その最寄りのバス停である「並寺」の間の道はなんとなくは理解しているつもり。何の会話もなければ別だけど、こうして話しながら歩く分には短い距離。生徒玄関までなら、1キロあるかないかってところかな。分からないけど。
 繰り返すけれどもまだ四月の気候。暗いっちゃあ暗いけれども、夜中と言うには早いくらい。ちなみに、他に人もいないので四人だけで道を歩いている。僕と日宮さん、それと夕季先輩と朱緒先輩だ。
「泉君、筋トレはともかくさ、通常練習はどうだった?」
 おっと、急に話を振られてしまった。
「とにかく疲れましたね。筋トレの所為だと思いたいです。」
「慣れないと何をしても疲れるさ。武の心得でもない限り、平生で意識しない事をしているんだから。」
「ぶっ、武の心得?」
 朱緒先輩の口から物騒な単語が飛び出した。あれか。雪嶺の描くヒロイン勢は無駄に喧嘩が強いとかいうあの設定か。
「そう驚く事でもないよ。脱力から次いで姿勢を確認したでしょう。あ、泉君のペアって、ユーさん?健馬?」
「健馬先輩です。」
「じゃあ聞いたかもしれないし、知りたければ健馬なら訊けば教えてくれるよ。
 身体が楽器になる訳だから、まずは身体を支えなければいけない。手足とか末端の力を抜いて、正中線の支えだけを機能させる。単に力を入れれば良いと言う問題じゃない。この辺りも慣れないとね。頭じゃなくて身体で理解する外ないから。
 臍下丹田って言って、えーと、私で言えばここなんだけど……。」
 朱緒先輩が示したのは……お腹の辺り。へそが何処にあるのか腰がどの高さなのかは着衣の上からでは予測不能。あまりまじまじと見てもアレだしね。
「まーこの辺りに意識を置くんだよね。この辺りだけで全身を支えてるイメージって言ってもいいかもしれない。
 武術なんかだと呼吸法とかでこの辺りに氣を溜めて云々と言うらしいんだけど、私達の場合、呼吸と言ってもほら。」
 朱緒先輩は、右手をぐるっと下から回して見せた。何て言うか、アレだ。ハイパーヨーヨーのループザループみたいな回転だ。ハイパーヨーヨーやった事ないけど。「超速スピナー」で知ったかぶってるけど。
 ヨーヨーはともかく、朱緒先輩の言わんとする事は分かった。合唱部の考えとして、「息を吸わない」というのがあるのだ。「死ぬじゃな~い」などという声が聞こえてきそうだが(あちゃあ!おちゃあ!玄米茶!)、「作用と反作用」のイメージだ。息は「吐いた」分、「入って」くるものという考え方。故に、沢山息を入れるには、息を「吐き切る」事が何より重要となってくるとか。息を「吸おう」とすると肩なんかに余計な力が入るらしい。
 ……以上の事は、理屈では確かに分かる気がする。でも。
「言われた通りにやってるつもりなんですけどねぇ。」
「でしょうね。力入れてるつもりなくても硬くなってるし、支えてるつもりでも小突かれただけでふらつくし。」
「支えられたら支えられたで、今度は長続きしないって悩むんですよね。ステージ一つにつき三、四十分ありますのに。」
「そう?常に集中してる訳じゃないって考えてたから、私はその苦労はなかったよ。」
 ……。
 先、長いなぁ…………。
「禄門先輩。」
「なに?」
 ここへ来て、しばらく口を開かなかった日宮さんが朱緒先輩に呼びかけた。
 その声は思いの外……重い気がした。
「天槻さんの事は……お話できないのですか?」
「……ごまかしたかったんだけどね。二十五期には。」
「ごまかすも何も、健馬が言っていた通りなんだけどね。本当はさ、もう解決するかしてるはずで。」
「でもまだ解決できていないのでしょう。ならば一年生をのけものにしないで、合唱部全体で向き合うべきです。……もっとも、私は彼女を迎えたくはありませんけど。」
「……そうかー。そうだねー。」
「はぐらかさないでください!」
 ……また、たかつきなんとか先輩の話か。
 日宮さんも知っているってのは分かるんだけど……どんな話なんだろう?
「すみません、タカツキ先輩って、何者なんですか?生徒会の人間ってのは分かりますけど、合唱部と何か関係があるんですか?」
「え?ああ……泉君は知らないのか。」
 すっごい意外そうな顔を日宮さんにされた。先輩二人には「DA☆YO☆NE」みたいな顔をされた。
「ほら、二十三期、今の三年生。十賀先輩、部長、渡先輩、州藤先輩。あと一人、正指揮者がいるって。」
 そう、二十三期に一人、僕が顔を覚えていない人がいるんだ。正指揮者、つまり夏先輩の上司?となる人物。
「まさかその人が、タカツキ先輩?」
「御明察☆」
 頬に手を当ててハの字眉毛で流し眼でこちらを見る日宮さん。なんでこんなに具体的な描写なのかは多分時間を置くと分からなくなるけど気にしない。
「天槻さんは……もう、極めたってくらいの実力者で。」
 半ば以上諦観を決めたかのように、夕季先輩と朱緒先輩、どちらからと言わず、互いの呼吸を合わせながら、ゆっくりと説明を始める。
「実際スタートから結構凄くてね。練習の要領とかも上手で、じゃんじゃん成長していって。」
「去年の声楽でも、県の代表で出て行ってるしね。一人だけ。私はついて行きましたけどね!公欠取って。」
 そう言えば、梓が入部した理由が、去年の声楽コンクールの誰かに憧れてというものだった。その人が明澄の制服を着ていたから明澄を受験したと言っていた。梓が憧れたその人は、結局のところここにいる朱緒先輩だったのだが……声楽と言う単語が出た時、その場にいた先輩が凍りついたのを記憶している。
 あれは、天槻先輩の話題だと誤認して、梓から天槻先輩について訊ねられるのを恐れた為だったのか。
「声楽の代表になるほどの人で、正指揮者なのに、来なくなったんですか?」
「大方、自分が少し評価高いから……声楽以外、つまり合唱で好成績を残せないのを他の部員の所為にしたんでしょう。」
 表情はともかく、声にも言葉にも毒を隠そうともしない日宮さんの態度には少し嫌悪感を覚える。
 ああ、日宮さんと篠瀬。おそらく二人で共通の話題として天槻先輩の話を既に持っていたのだ。だから認識が共通している。噂話に尾鰭がつくように、二人の認識にもオーバーなところが含まれている様に思えるけれども。
「まさに蓮花の言う通りだよ。字面額面通りにさ。」
「私達の所為にしたんじゃなくて、事実私達の所為だから。」
「そんな……でも、梓は天槻先輩の演奏より、朱緒先輩の演奏の方を評価していますし……」
「唯ちゃんだってコンクールの間ずっと客席にいたとは限らないよ。それに、朱緒は許してもらえるかもしれないけどさ、私や夏は……。」
 そんな……僕は、この人達の演奏に惹かれて入部しているのに。篠瀬だってそう。梓もそう。鍋島だって、そしてきっと日宮さんだって同じはず。その演奏が、ちゃんとした実力を備えた人には何の意味も価値もない演奏だと評価されているなんて……。
「それなら早く辞めてくれれば良いのに。先輩達にしたって、早く天槻先輩を辞めさせるべきですよ。」
 天槻先輩を完全に悪者だと捉えている日宮さんにとって、彼女を擁護する意志はカケラもない。微塵の容赦もなく、追放を唱えるのも無理はない。しかし。
 そうは言っても、声楽の県代表?を手放すのは合唱部としては痛手なのだろう。しかも三年生だし。戦力は多い方が良いに決まってる。
「……そうだね。冴さんを知らない新入生が入ってきて、それまでにこの話が解決を迎えてないんだから、そう言われるのは仕方ないんだよね……」
「健馬の言う通り、どんな形にせよ決着させておかなきゃならなかったんだよね。ああでも、やっぱり戻ってくれなかったら、意固地になっても引き摺ってた気がするけどね。」
「実力者だからですか?でも実際に合唱部の調和はその人によって乱されているんでしょう?」
 日宮さん……さっきからきっついなぁ。
「調和と言うなら、変な話だけど……冴さんを完全に失う方が調和は乱れる。」
 ……うん?朱緒先輩の微妙な言い回しが気になる。
 何だって、「完全に失う」なんて言い方になるんだ?
「実は冴さん、私達の演奏を認められるようになれば戻って来るって言うんだ。それで私達も向上心が出てるところがある。コンクールでここまで行こうって目標掲げても、その結果は私達の努力と直結しないから実感が湧かないんだ。いくら穴のない演奏だったとしても、印象に残らなければ賞は獲得できないわけだし。
 でも、あくまで約束の上とはいえ、冴さんは私達が良い演奏が出来れば戻ってきてくれるって言うんだから。」
 ……天槻先輩を呼び戻す事が、合唱部員にとって具体的なイメージを伴う目標として機能しているって事か。
「納得できる部分もありますが……そもそもその先輩の認める演奏ってのが僕には分かりません。
 だって、素人目とはいえ、一年生は殆ど皆、今の先輩達の演奏に惹かれて入部を決めています。それだけの演奏を持ってしても天槻先輩には認められないって言うのであれば、もう僕には手の打ちようがない気がします。」
 そうだ。そこだけは、僕には絶対に納得がいかない。そこだけは譲れない。得心がいかない。
 僕が急に話し出したためか、日宮さんも夕季先輩も目を見開いていた。糸目の朱緒先輩だけは見開いてないけど多分驚いていたと思う。
「うれしいね。でもその言い分には加える余地がある。」
 そう言って僕の顔を覗き込む二人の先輩。………………?僕の頭の周りに「?」マークが飛び交う中、日宮さんが何かを察知した模様。
「そう言う事ですか……私も泉君の意見に賛成ですが、それはつまり……」
「なんでそこでそうも嫌な顔するかなぁ。蓮花の可愛いお顔が台無しだ。」
「嫌な顔もしますよ。私は大好きな先輩方に迷惑かけてる天槻先輩が嫌いです。はっきり言えば、戻ってきて欲しくなんかないんです。でも、その人の戻って来る手伝いを、私がするって事じゃないですか!」
 ……ああ、そう言う事なのか。
 僕を含めた二十五期一年生一同が感動した合唱部先輩達の演奏が、天槻先輩には認められない。しかしこの演奏には当然二十五期は含まれない。つまり、二十五期を含めた今の合唱部の演奏は、まだ天槻先輩が判断していない状態なのだ。
 要するに、天槻先輩が戻って来るか否かは、僕達二十五期一年生の成長度にかかっていると言う事───!
「泉君も気付いたみたいだね。でも、さっきも言ったように、健馬が言っていた通り、これは本来既に解決しているはずの問題。二十五期が入部する前にね。
 蓮花ちゃんや泉君が今の答えにたどり着くには、『私達の演奏に非の打ちどころがない』っていうのが前提になっているよね。確かに全力は尽くしているけど、私達の成長だって残ってるんだもん。一年生に責任を押し付けたりはしないよ。」
「うん。次の舞台は五月末の県唱祭だ。それまで時間はある。冴さんを唸らせて、泣かせて鳴かせる演奏披露するから!」
 意気高揚の先輩二人。「けんしょーさい」、ってのが合唱部が参加する大舞台の名前かな。
「うん。文連……文化連盟主催のイベントの一つで、今回は大きくはないんだけど、それでも石川県の合唱関係団体が中高大学から職場一般部門まで一同に会するから、結構有意義だよ。」
 ほへー。そりゃまた随分スケールのでかいイベントだ。
 この時は取り敢えず新しい情報に頭がいっぱいで、特に訊きたい事も思い浮かばない内にバスが来てしまった。諸々の質問は、今度先輩に訊いてみよう。

───後半へ続く。
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