小説載せる予定が、気がつけば日記の溜まり場。 そんなもんよ。
どこへいくいく 一九の道
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北陸本専4用の新作『歌今抄』
2010-09-11-Sat  CATEGORY: 歌今抄(オリジナル合唱部物語)
 タイトル設定してから何もいじってませんでしたので、第二話の発表ついでに改めて投稿。

 ご意見ご感想ご指摘等々、長くなるようでしたらうちのアドレスまで。
black-light7@hotmail.co.jp ですー。@を半角にしてね!
(タイトル未定)ちなみにオールフィクション。だまされるな!

 席を埋めて吊革も埋まったかな、というくらいの人を運び、市バスは繁華街を抜けていく。バスなんて滅多に乗らない僕なので、どのバス停でどのくらい人が動くかなんて分からない。でもさすが市の中心部・香林坊(こうりんぼう)。僕と同じ制服姿の人達がうわっと乗り込んできた。
 制服と言っても、この春から僕、泉大志(いずみ たいし)が通う高校……「石川県立明澄(みょうちょう)高校」は男子は学ラン。女子はまだ決まってな(ぴちゅーん)えーと、説明に困るデザイン。変わってるというか、単に僕がファッション用語が分かってないだけなんだけどね。
「次は~並寺~並寺~」
 次のバス停をアナウンスが告げる。明澄高校の最寄りのバス停は、この「並寺」になる。寺が並々と並んでいたらしいからこんな地名になった模様。ちなみに今でも寺が並々と並んでいる。別にうちの高校が寺に囲まれている訳ではないんだけど、大通りに面していないので、バス通学者は「並寺」で下車後、五分ほど歩いて高校へ向かう。しかもこの「並寺」、快速バスの停車場に含まれていないらしく、鈍行を逃して仕方なく快速に乗ってしまった場合は一つ前のバス停で降りなければならない仕様となっている。
 ……今日から通学という新参一年生がなにゆえにそこまで知っているのかと言うと、実は合格発表の際に快速に乗ってしまい、並寺をスルーして終点近くまであたふたしていたという失敗談によるのだ。でも失敗は成功の母。もう登校でミスなんてしないぞ!そら、バスの停車ボタンだって押してやる!ところで、こんなにうちの制服姿の人が多いというのにどうして誰も押さないんだろう。ぶびーん(ブザー音)。
 バスが止まり、次々に降りていく学生さん達。やっぱり皆明澄の生徒なんじゃないか……そして僕も今日からその一人、しっかりと下車する。
 薄手でもいいから上着を羽織ってくるんだった、なんて軽く後悔してしまいそうな気温。気紛れに手を擦り合わせる。僕は冷え症なんだろうな。男なのに。そんな非生産的な事を考えている内に、同じバスに乗りかつ下車した御一行様(僕を含む)が、ぞろぞろと動き出している……あれ?明澄はその方向じゃない……それとも僕の記憶違いで実は近道だとか?いやそんなはずはないんだが……。
 ここで早くも、高校生活の一つ目の選択肢が僕の前に現れたのだった。①付和雷同、皆についていく。②初志貫徹、自分が信じる道を進む。③他力本願、困った時は他人に聞く。
しかし……どうしよう。困った。①を選びそうになったところで、この集団が実は明澄の学生さん達ではない可能性が急に僕の中で高まってきた。高い高い。近くに高校はないだろうけど、でも小学校か中学校か、何かの校舎があった気がする。もしも中学校へ向かう集団だったら途中で引き返さないとまずい。でも途中ってどこだ。いつになったら間違いに気付けるんだ。じゃあ自分の信じる道を進む?でももしこの集団が明澄の学生さん達だったら……うええどうしよう!
「あの、」
 そう、①と②の選択肢が消えた今、残る選択肢は③しかない。消去法とはなんとも消極的な。高校生活一つ目の選択肢をそんな消極的な心構えで決定してしまったのか僕は。
「あのっ!」
 ……あれ?今僕、しゃべってなくね?
 それもそのはず、僕が身の振り方をあーだこーだそーだ考えている内に集団は去って行き、僕が話しかけられるような相手はどこにもいなくなっているのだ。じゃあ今の声、僕がしゃべってる訳じゃなかったのか。心の声がそのまま出たとか、でもないのか。
 もしかして後ろから聞こえた?ああ、なんだかそんな気がしてくる。だから僕は、ゆっくりと振り返ってみる。
「はい。」
 呼ばれたのなら返事をしておかないと。そして顔を後ろへ向ける。
 それと、今の声。
 女の子の声じゃなかった?そんな気がして、でも後ろを見れば分かるかって、深く考えずに、振り返る───
 後ろに、一人。
 僕と──背丈と、あと多分年齢も──同じくらいの女の子が。
 おそらく明澄のものだろう制服の姿で。
 立って、いたのだった。
 肌が透き通るように白く、目鼻立ちがくっきりとしている、多分美人だ。困った。美人と目が合っている。美人なんだろうけれど、すこし困惑気味な表情を浮かべている所為もあってか、柔和そうな顔立ちにも見える。髪がくねくねしている、なんだかお嬢様的な印象だ。どうしよう。お嬢様と目が合っている。
「あ……」
 きっと僕を呼んだのは、さっきの声はこの人のものなんだろう。僕に用があって呼んだんだ。じゃあ……何か言わないと。
 しかし、何か言おうと思えば思うほど、口が渇いて頭が働かなくて、ああどうしようってそんな単語しか頭の中に登場しない。そんな僕に見兼ねてか、美人お嬢様の表情はどんどん不安げになっていく。
「明澄高校の、生徒さんですよね?」
「えっ……」
 はいそうです、その一言が口に出ない……重症だな我ながら。口に出ないのだから体で表現するより外にない。精一杯頷く。渾身の力で頭を振る。
 美人お嬢様の顔が晴れ渡る。良かった。もっと頭を振ってやろうかと思ったがそれは違うと直感してやめる。直感であって理由はない。後から常識的に考えれば答えは出そうな気もするけど。
「ああ、実は私も明澄高校の、今日から通う新入生なんですよ。でも、今皆さんが向かわれたのって……校舎とは違う方向じゃないですか?あれって言うのは、その……何なのでしょうか、ね?」
 おずおずながら僕に訊ねる美人お嬢様。訊ね方も丁寧で、紡ぐ言葉も流暢で淀みなく、歩く姿は百合の花だ。歩いてないけど。
 ところで、この美人お嬢様はまさに今僕が陥ったものと同じ命題にぶち当たって……ぶち当たり遊ばしている模様。ならば当然、その質問に僕が答えられるはずもなし。情けなし。
「ごめんなさい、僕も新入生でして、まだ学校の事とか……良く分かっていないんですよ。」
 なんとか振り絞った文脈がこれだった。情けなし。これを見た美人お嬢様は、写真に収めたくなるくらいに美しい苦笑い、英語で言うところのビタースマイルで応じてくれる。
「あ、やっぱり。」
 見抜かれていた模様。何が?多分、新入生って事だろう。
「でも、皆さんが向こうへ行ったのを見ても行動しなかったから、何かを御存知なのかと思いまして。」
 僕と、先へ行ってしまった集団を交互に見ながら、美人お嬢様は笑っている。
 ……言われてみれば、普通は集団が動けば追従していくものだろうな。そんな行動を起こさなかった人間を見て、何か事情を把握していると判断するのも無理はない。でも、実際は何も知らないから僕は動かなかっただけで……うーん情けないな。
 ふと、いつの間にか下がっていた目線を上げると、美人お嬢様に顔を覗き込まれていた。距離は詰まってないけど、目を合わせようとしているような感じで。
「このまま立っていても埒が明きませんし、とにかく動きましょう。分からないなら……皆さんについていきましょうか、取り敢えず。」
「あ、はい。」
「……あ。」
 うん?集団へと動きかけた美人お嬢様の足が止まる。
「同い年なんだってね。じゃあ敬語じゃダメだよね。」
 そう言って、僕に一歩くらい近付いて……笑ってくれた。
「あ、はい……。」
「ほら、言ってるそばから。」
「ああ、えーと、うん。」
 初対面の女性にいきなりため口をきけ、と言うのも難しい話だ……あれ?同い年だったらいきなりため口が普通?
「うーん、君は口下手だね?」
「うぐ、自分では普通だと思いま、」
「じゃあ敬語でもいいよ。取り敢えず歩こう。あと~、」
 美人お嬢様の足が集団に向けて動き出す。それに遅れて僕の足が動き出す、って単に僕が美人お嬢様についていっているだけなんだけど。
「折角だから自己紹介してみようか。後々クラスとかでするんだろうし、練習がてら。」
「あ、ああ。」
 絵にしたら「にっこり」とか言う擬音が絶対に似合う笑顔を向けて、美人お嬢様はとんでもない事を言い出した。あれ?名前が分かるならそれは別に悪くもないのかな。
「私が郭隗なんだから私から始めるよ?
 私の名前は日宮蓮花(ひみや れんか)。えーと、他に知りたい事は?先ずは名前くらいでいいのかな。」
「えっと、出身校とかかな?日宮さんはどこの中学?」
「お、初めてちゃんとした言葉を聞いた気がするよ。敬語とかじゃないって意味でさ。」
「え?あっ……」
 さすがに言う内容を予想していましたとは言いにくい。ていうか、そんなツッコミが来るとは想定外だった。
「意地悪だったかな。まぁ君も自己紹介するんだから、何言おうか考えてるよねそりゃあ。ごめんごめん。
 あと、出身校なんだけど、私転校生なんだ。少し理由があって石川に来たんだけど、中学までは秋田でさ。」
 秋田美人だ!ナマ秋田美人だ!などと喜んでいる内に僕にターンが回ってきていた。
「じゃあ、僕は泉大志。出身校も言っても分からないか。」
「そうだね。ああそれより。大分私と話すのに慣れてきたね。」
「そう?」
「そう。私が言うんだから間違いないよ。」
 得意げに、ねこパンチみたいな手で僕を小突いてきた。すごい自信だなぁ。僕もこのくらい自信があるといいんだけど。
「いやいや、冗談だって。あ。皆はここに向かってたんだ。」
 いつの間にか集団に追い付いていたらしく、僕と日宮さんの前には例の集団と……小さなパン屋があった。なるほど、登校中にここで昼食(朝食?)を確保出来るって訳か。しかも、その先には明澄高校の校舎が見える。ぐるっと一回りして来たってことか。ついて来てみないと分からないものだ。
「日宮さん、今日は昼食は持ってくるんだっけ?」
「要らないとは書いてあったけど、私は入学式終えた足で、出来たらそのまま部活動見学行きたいから。一応昼食はあるよ。泉くんは?」
「部活見学かー。少し考えてみようかな。日宮さんはどこを見学するの?出来ればだけど。」
「ん?……あ、昼食要るか、というより店に入るかを訊いたつもりだったんだよね。」
 あそっか。日宮さんはパン屋に用事が無いんだから、僕がパン屋に入るならここでお別れと言う事になる。折角新入生と知り合えたのは嬉しいけど、折角と言うならこの店も気になるところ。買う買わないは別にして、入ってみたい。
「ふうん、じゃあお別れだね。何処かで会っても無視しないでねー。それじゃ。」
「うん、それじゃあ……」
それだけ言って、パン屋に入る。……あれ?結局日宮さんの見たい部活を聞いてないな。もしかしたらまた会えたかもしれないっていうのに。惜しい事をしたかな。

小さいパン屋、とは思ったけれど、それでも学生が十分出入り出来ているくらいには広いのか。店内は学生ばかり、四十人くらいは蠢いているんじゃないかな?
棚こそ設けてあるものの、残っているパンの数は指折る程度しかない。更に個人的な好みを考慮に入れるなら……オージーザス、みたいな感じだ。ここまで残数が無いと、学生達はパンに見切りをつけて十秒くらいでチャージ出来そうな食品と言うかお菓子言うか回復アイテム的なアレに流れていく。
僕はと言うと……取り敢えずあまり量に期待できないサンドイッチを一つ掴んだ末、今は飴売り場に来ている。なんだか喉が痛い。日宮さんと会話する前、ひどく緊張していたもんな。それを考えると、随分早く打ち解けたもんだ。これはもしや、相性が良いと言う奴なのでは?
「おい。」
 びくっ!いきなり後ろから声をかけられる。いきなりと言うか、僕が勝手に意識を飛ばしていただけなのかもしれないけど、兎に角驚いた。耳がでっかくなったと思う。
「急いでいる。早く選ぶか、早くどいてくれ。」
 後ろから声は聞こえるけど、僕が振り返ってないから顔は見ていない。なんて言うか、凄みのある声。低くておっかない。怖かったので急いで黒飴を掴んで逃げるように進む。角を折れる時、ちらりと振り返ると……あれ?眼鏡をかけた、背丈も僕と同じくらいの男の人だ。声をかけた人とは別人かな。なんて思ったけど確かめるのは怖い。
 結局サンドイッチと黒飴だけ購入して店を出る。日宮さんは……いる訳ないか。残念……。

 パン屋に入る前から既に気付いていたので、明澄高校にはすぐ辿りつけた。校門前にクラス分けが発表されている。僕の名前は……一組、ない。二組、ない。結局八組でようやく発見。クラスは十組まである模様。一応、事前情報のある唯一の名前の「日宮蓮花」の文字を、八組の部分だけで探してみる。……ないか。もしかして「火宮」?「緋宮」だったりする……?いや、どの道ないわ。
 これで僕と日宮さんのクラスが同じだったら、劇的と言うか運命的と言うか、物語として面白くなったんだけどな。どうなってるんだこのお話。僕の高校生活。青春のページ。


 教室に入ったはいいものの、見知った顔もなく、チャイムまでぼーっとしていた。チャイムが鳴っても、特に自己紹介などするでもなく、即入学式に向けて並ばされる。まぁ、名列で並ばされるから前後の(名列番号は二番だった)名前は分かるんだけどね。僕は「秋名(あきな)」という女子の後ろ、「岩塔(いわとう)」という大男の前に並んだ。
 校長先生の話は独特だけどちっとも面白くなかった。続いて生徒会長挨拶……入学式って生徒会長が挨拶するものなのかなぁ。女の人で、遠目だから良く見えないけど、髪が長くて姿勢の良い、歩く姿も凛として、まるでモデルみたいな人だ。顔は見えないんだけどね。
「ご紹介にあずかりました、石川県立明澄高校、第二十三期生徒会長、桐里咲希(とうり さき)です。そして私の後ろに見えますのが、第二十三期前期、つまり今期の生徒会役員です。」
 見かけによらずふわふわした声の人だった。それでも、あくまで声の質がそんな印象だったと言うだけで、話し方は何と言うか、これが説得力なるものなのか、良く分からない引力がある気がする。
「新入生、第二十五期の皆さん、ご入学おめでとうございます。貴方がたは今日より、伝統あるこの明澄高校の一員となりました。このが学び舎の歴史と文化、教員に先輩生徒、そして我々生徒会役員によって貴方がたの豊かな感性と人間性が育まれ、また貴方がたのもつ新たな息吹によって我々の学生生活、ひいては卒業後の未来に至るまでをも変化し得るような、なんたらかんたら……」
 途中で飽きた。長い上に堅い。
 観念してしばらく天井を見つめていたら、生徒会長の演説は終わっていた。続いて校歌斉唱。歌詞だけは生徒手帳に記載されているけど……歌えないよね。と言う事は先生方や先輩達のための式目なんだろう。合唱部が前で歌うらしく、ステージに十人くらいの先輩方がぞろぞろ並んで……あれ?
(今、生徒会長の様子が……)
 おかしかったような気がするけど、気のせいかな。
 合唱部が並び終えると、妙にガタイの良い男の先生がのっしのっしとステージに上がって指揮をふるう。……あ~あ、退屈だなぁ入学式。

 入学式を終え、クラスに戻る。ようやく担任が現れ、先生含めての自己紹介が始まる。一年間、或いはそれ以上の付き合いになる人達なんだよな、第一印象は大事だ。などと気負い過ぎてしまわないのは、おそらく朝に日宮さんと既に実戦練習を済ませているというのが大きい。その影響力と言う意味では、既に運命的な出会いだったと言える。日宮さんのおかげで自己紹介が淀みなく出来るんだからね。まぁ、出会い即別れになるかどうかはまだ分からないけど。
 ちなみに本当にどうでもいいんだけど担任が赤鮫(あかざめ)先生、体育教師。副担任が藍原(あいはら)先生、英語教師。どちらも男性。

 入学式を終えてクラスで自己紹介や諸連絡が済んだら、登校一日目は終わる。二日目になぜか試験があるので(仮入学から言われてはいたんだけどね、春休みも試験勉強してたし)、寧ろ今からすぐに帰って勉強にいそしむのが一番賢い新入生の在り方。気になるとすればやはり、日宮さんだ。
 彼女は言っていた。学校側の日課が終われば、部活動見学に行くのだと。その為に昼食を用意して来たと。
 恥ずかしながら、クラスで自己紹介はしたものの、それでもあまり周りと話が合わせられなかった。今の時点で一番親しい相手は絶対に日宮さんだ……なんて言うのも所詮口実かも知れない。単に彼女にもう一度会いたいからかもしれない。話せる相手の顔を見たい、と言う以上の感情かは判断つかないんだけどね。
 とは言ったものの、果たして彼女がどの部活に興味を示しているのかは聞きそびれている。はぁ、まったく何をやっているんだ朝の自分。もう一度朝からやり直したい。入学初日でいきなりやり直したいとか思ってしまったけどそのくらい重要な気もする。でも人生にリセットボタンはない。ってこのフレーズ中学で聞いたようなそうでもないような?
 などと若干の哀愁を漂わせながら、ゆっくりと生徒玄関へと降りていく。がやがやと騒がしいのは、他の新入生諸氏が早くも友達百人補完計画を実行に移したが為のものか……いや、よく見ると。
───「初心者歓迎!柔道部」
───「輝け明澄の星!サッカー部」
 などなどと言ったチラシやら看板やらが乱立したりばら撒かれたりラジバンダリしている。おけいおけい。早くもチキチキ☆新入生争奪大勧誘大会!が開催された空気ですね分かります。と、そうなるとやはり昼食を買ってきて良かった。折角なので何処かの部活を見ていくのも悪くない。それこそ日宮さんを発見できるかもしれないし……ついでに言えば見学するチャンスは今日だけじゃないんだろうし、今日見つけられなくても……って結構根気がいるな。本気で探すとなると。
「こ、こんにちわぁ~。」
 ん?近くで声をかけて、呼ばれたの僕かな?見回してみると、僕に近付くオフタリサン。目が覚めるような美女と、親しみやすそうな表情を浮かべる男性。声をかけたのは美女さんの方で、まだ何かを話そうとしてうまく言葉が出ないような感じでこちらに近づいたりもじもじしたりしている。あ~、分かるなぁなんだか。美女さんだけど、親近感湧くって。
「わたしはその、あのその、えっと、」
「いやぁぶっちゃけ勧誘なんだけどさ、君はこの後すぐ帰るかい?」
 美女さんに見兼ねてか、男性が代わって僕に話を振ってくる。多分この人の方が先輩なんだろうな。さて、勿論僕の返事は……
「いえ、少し学校をうろついてみようかと。」
「うんなるほど。じゃあここは先輩が色々と案内しよう。何処を見て回りたい?または、気になる部活とかある?」
 ……うん?普通は自分の部活に誘うものじゃないの?
「え、モリさん、何処に連れていくつもりですか?」
「そりゃ彼の行きたいところだね。僕が決める訳じゃない。」
「ええ~?」
 美女さんも聞いてなかったらしく、僕と「モリさん」なる男性とを交互に見ている。更に何か言いたそうにしているものの、やはりうまく言葉が出せない模様。
「親切にどうもありがとうございます、でも普通、自分の部活に誘うものじゃありませんか?」
「まあね。でも僕にはそれ、向いてないって気がしててね。やっぱり色々見て回ってから、特に最初はね?それから結論を出してもらいたいんだよね。他人であってもさ。」
「うう~、そうですけどモリさん、そんなんじゃ一人もつれて来れないじゃないですかぁ~。」
 ……ここの勧誘はノルマ制のようだ。
「ただ人を連れてくるよりも、納得してうちに来てもらわないと。じゃないと続かないって。僕達にも目標があるんだからさ。それより彼に立ち話させてる。歩きながらにしようか。まず何処を案内しようか?」
 そしてモリさん先輩はにっこりと微笑みをくれた。
「ええと、貴方達の部活、何部なんですか?」
「夏、渡してないっけ。」
「あ!はい、ええと、こ……」
 最後はよく聞き取れなかったけど、「これ」とでも言ったのか、恐る恐る美女さん(「夏」というらしい)は僕にチラシを渡した。

───君も一緒に唱タイム!

 多分、「ショータイム」とでも読むのだろう。となると?
「合唱部……。」
「うん。僕達は合唱部だよ。さっきも入学式で校歌を歌っていたんだ。」
 うっ……そう言えば。でも顔を覚えるどころかろくに前も見ていませんでしたとは言えない。
「合唱部って言うと男の子って身構えるんですってね、でも少し見学するだけでいいですから、見るだけでもいいですから、良かったら音楽室に来てみませんか?」
「いやいや、少し見たくらいじゃ何も分からないって。特にうちらは音楽なんだから。実際に歌ったり、説明聞いてもらったりの為にも、時間を割ける時に来てもらうのが一番。」
「モリさんどっちの味方なんですかぁ~!」
 多分今頑張って話してくれたんだろうなぁ夏先輩。モリさん先輩に否定されちゃったけど。
 それにしてもこの人達、すごく話しやすい。居心地が良い気がする。
 少しだけ、ひかれている。
「あの、僕、合唱部見てみたいです。音楽室でしたっけ、是非案内して下さい!」
「ほら!彼も言ってるじゃないですか!」
「ちょっ……えーと、君、どうもありがとう。それじゃ夏、案内してあげて。」
「え?私なんですか?」
「そりゃ、夏ももう二年生なんだから。先輩だよ先輩。」
「わ、分かってますよ!……それじゃあ行こうか、君……そうだ!良ければお名前教えてくれませんか?」
 ぞろぞろと歩き出す先輩二人についていく。取り敢えず生徒玄関の位置は把握したけど、まだ教室や特別教室の位置はさっぱりだ。
「一年八組の、泉と言います。」
「じゃ僕から。三年テナー、渡守継(わたり もりつぐ)。分からない事があれば何でも聞いてね。」
「二年の……パートはソプ、副指揮(サブコン)の都夏葉(みやこ なつは)です。夏って呼ばれてます。」
 なんだか名字一文字が集合した気がするなぁ。作者も今気付いたびっくりニュースだよ。おっとそれより。
「ソプとかサブコンとかっていうのは?」
「パートと、サブコンは役職だね。この辺りは座って説明した方がいいかな。あの角を曲がれば突き当たりだから……」
 と言われた角に差し掛かった辺りで。
 角の向こう側から、男の子が飛び出してきた。
 いやていうか、飛んできた。物理的に。何人も。
「えええええええええっ!」
「君達大丈夫?」
 あまりの事に腰を抜かした僕を置いて、即座に男子生徒達に駆け寄るモリさん先輩、もとい渡先輩。男子生徒達は吹き飛ばされたというか突き飛ばされたというかで壁に激突しーの積み重なりーの突撃ーのとつぎーのなのでみっともなく呻いている。腰を抜かした僕が言えたもんじゃないけど。
 男子生徒達に駆け寄ったのが渡先輩だけって事は、夏先輩は……僕の後ろでおろおろしていた。
「モリさん!あ、それと夏!」
 角の向こう、つまり男子生徒達が飛んで来た方向から、おばちゃんくさい髪形の女の人がだばだばと走ってきた。
「夕季!これ何があったんですか?」
「それが……随分と活きの良い新入生が来ちゃってねぇ。」
 眉を顰めて、今にも溜息をこぼさんという面持ちで話す、夕季?先輩。彼女の言葉によると、新入生が男子生徒を次々に放り飛ばしている事になるな。
「泉君、立てるかい?」
「あっ!ええ。」
 そう言えば腰を抜かしたままだった。渡先輩に促され、ゆっくりと起き上がる。
「へえ、夏ももう一人連れて来れたんだ。やっるぅ。」
「茶化さないで下さいよ!……それより新入生って言うのは?」
 夕季先輩は今度こそ溜息を吐いて、角を曲がっていく。僕と渡先輩、そして夏先輩は一度顔を見合わせた後、夕季先輩の後に続いた。
「新入生にさ、すーっごい綺麗な女の子が来てるんだけど、男の子がみーんなその子に寄っていっちゃってね?」
「へえ、じゃあ男の子を突き飛ばした新入生は、男の子なんだね?」
「それが違うんですよモリさん。ほらあの子です。」
 夕季先輩が示す方向、角を曲がっての突き当たりには、たしかに厚い扉があった。防音なら任せろ!みたいな扉。その扉が開いていて、中に数人いるのが見える……けど、扉の前に確かに一人。
 深緑に見える髪が外側にはねて、目もつりあがってて、全体的にとげとげした印象の女の子が、扉の前に仁王立ちしている。
「さーあ!これに懲りたら寄るんじゃないね!部は出会いの場じゃないんだ!あんたらみたいのがいたんじゃ、音楽が腐るんだよ!」
 仁王立ちの女の子から少し離れてこちら側にも数人の男子生徒が……いたんだけど、即座にこちらに走り出した。いや、これは敗走ってやつか。
「夕季、すっごい綺麗な子って、あの髪の長い子?」
 僕の後ろから様子を見ていたらしい夏先輩が、扉の中を指差していた。示す先には……髪の長い?あれは!
 日宮さんだ!
 そうか、彼女が見たいと言っていたのは、合唱部だったのか。なんという出会い。これぞ運命。だがこの再会を妨げるあまりにも高き壁。「ハイタワー」と言えばセーム・シュルト。時代が違うけど。
 ……確かに部活は出会いの場じゃないし、ここへ来た理由、僕も不純だもんなぁ。
「確かに綺麗な子だねぇ。は~、うちに来ないかなぁ。」
「それより、この状況じゃ近付けないよ。あの戸の前の子をどうにかしないと。」
「どかしてくればいいだけです。」
 うん?最後のは聞いた事のない声だった……いや?どこかで聞いたような気もするけど、男の声で僕でも渡先輩でもない。
「ちょっと健馬!」
「自分の部活の活動場所に入るのを妨げられる言われはありません。ルールも知らない新入生相手ならば尚更です。」
 この不愛想な声の持ち主であろう影が、僕を追い越して扉に近付いて行く。この声、そしてこのシルエット。……もしやこの人、眼鏡をかけているとしたら。
 朝、パン屋の飴売り場で僕に声をかけた人だ!
「ちょっと!あんたも美少女に色目を遣いに来たの?」
「お前も美少女なんざも知らん。俺は合唱部に用があるだけだ。」
 うわあ。どっちも喧嘩腰だよ。一触即発だよ。五秒前だよ。
「夏、健馬と、それから泉君をよろしく。僕と夕季で男の子達を帰しに行くよ。」
「そうですね。健馬を止められるのは夏くらいですしね。」
「ぬぬぬ……はい。あのおバカを止めてきます。泉君、少し待ってもらえますか?」
 ぎこちない笑顔を僕に向ける夏先輩。訳も分からないまま頷く。僕が必死に頭をぶんぶんと振っている間にも、夏先輩はいがみ合う二人に近付いていき……
 ごちん!
 殴った。
「健馬!あんたはどうしてそうも毎度毎度毎っ度毎っっっ度喧嘩腰なんですか!それにあなた!新入生の!」
 後ろ姿からでも剣幕が伺い知れる態度で、夏先輩はくだんの女生徒に向き直る。女生徒もすこし萎縮して見える。殴られてるもんなぁ。
「ここは私達の今日の活動場所です。何があったのかは知りませんが、力づくで解決なんてここの馬鹿と同じで穏やかじゃあありませんよ!」
 今まさに暴力をふるった人間の台詞じゃあないよね。
「とにかくこの場は私が預かるとして。はい!二人とも握手!仲直りの握手です!」
 保育園児か!当然二人は渋っていたものの、夏先輩の素敵な笑顔に脅されて、女生徒の方から手が差し伸べられる。
「もしも貴女がこの部に入ろうって言うのでしたら、この馬鹿とも毎日顔を合わせますから、今仲直りしておかないと。」
「うう~。はい。」
 ……それを言うなら僕の方も、入部したらこんな二人が火花散らしてる間に飛び込む事になるのか……。
「よし!泉君!いらっしゃい!」
 うわあ呼ばれちゃったよ!ここは覚悟を決めて、音楽室らしき部屋に行くしかないね!


 音楽室の中には椅子とテーブルが、給食の時間に机を合わせるような感じでセッティングしてあった。そう言えば、説明会になるんだっけ。
 そして僕の席と同じテーブルに座るのは、僕を含めて四人。僕と夏先輩と、あとはなんと日宮さん!それともう一人男の人。先輩かな?新入生かな?そんな挨拶にすら困惑する正体不明の人間より、唯一の話相手だった日宮さんに声をかけるのは自然な流れだと思う。変な意味じゃなくて。
「また会いましたね日宮さん!」
「はい?」
 ……あれ?日宮さんの顔にはどう見ても「きょとん」と書いてある。
「ははっ!おいおい泉、随分古い誘い文句じゃないか?」
 すると今度は正体不明の男の人から声をかけられた。……誰?この人。
「いえいえ、僕は朝方この人に会ってまして、別に今のはナンパとかじゃなくて。」
 言いながらちらりと日宮さんの顔を伺ってみたものの、口に手を当てて「?」を辺りに撒き散らしているだけだった。
「なんだよ堅苦しいな。別に敬語なんか使わなくていいだろ?同じクラスなんだから。」
「え?同じクラス?」
 男の人の口から予想だにしない単語が飛び出す。しばらくお待ちください。もしかしたら今度は僕の顔に「きょとん」が移り、「?」を撒き散らしているのかもしれない。なんだこれは。連鎖反応と言うやつかな。
「おいおいおい、こっちの女子の事は朝会ったっつって声をかけて、俺はクラスで今さっき自己紹介したばっかだってのに、忘れたって?とんでもない奴だな。」
 男の人の顔にどんどん軽蔑の色が濃くなっていく。え?ちょっと、その言い方だと僕が女好きみたいに聞こえない?……ここで日宮さんの顔色を伺う……うぐぁっ!日宮さんの顔にまで軽蔑の色が!そんなものまで連鎖してしまうものなのか!
「まあまあ二人とも。きっと自己紹介中にあくびでもしてたんですよ。それに一度で覚えきるなんて、出来る人もいれば出来ない人もいますよ。だったらほら、今覚えちゃいましょうよ。私達も含めて自己紹介して。」
 おお、夏先輩が上手い事促してくれた。最初会った時のおっかなびっくりの態度からは想像もできないや。
「おほん。それじゃ、まずは言い出した私からにしましょうか。私は二年の都夏葉。夏って呼ばれてます。八月十七日生まれ!」
「ああ、だから夏の字が入っているんですね?」
「あーこれ違うんですよね。親は男の子が欲しかったらしくてですね、考えてた名前が男の子用で、全然決まんなくて、出産予定日が七月二八日だったからナツハや~!って。私すっごい遅生まれなんですよ。」
 ものすごくどうでもいい情報だった。
 そして予定日より遅く生まれる事を「遅生まれ」とは言わない。なんて言うんだっけ?
「で、弟が出来た時にやっとこ考えてた名前がつけられて。望遠鏡の望に夢って書いて、望夢(のぞむ)ってんです。」
 はてしなくどうでもいい情報だった。ていうか別に女の名前でもいいじゃん望夢。
 なんでこの人こんなに設定多いんだろう。主人公この人でいいんじゃないの?
「他に知りたい事は?私は弟の名前なんてしゃべっちゃいましたけど。」
 貴女が勝手に話し出しただけです。
「よし泉。スリーサイズ聞いとこうぜ。」
「……。」
「……。」
 見回してみると、僕を取り巻く三つの冷たい視線。
「なんでっ?今の僕が言った訳じゃないじゃないですか!」
「だって……ねぇ?」
「泉、見苦しいぞ?」
「おかしいですって!と、とにかく話を戻しましょう!えーと、何の話でしたっけ?」
「夏の体がけしからんてぇ話やって。」
「そうそうそれそれ……はぁ?」
 見回してみると、僕を取り巻く三つの……あ、目を合わせようともしないんだね皆……ってそれより。
 今の声は誰だ?必死だったからどこから聞こえてきたのかも分からなかったけど、その人物は夏先輩の後に立っていたらしい。
 女の人だった。目の前に座っている夏先輩の頭をがっしと掴んで、顎を夏先輩の頭に載せた。団子姉妹みたいな?姉妹ってほど似てもないけど。雪嶺が描いたら画力不足で似てしまう可能性は否定できないけど僕の知ったこっちゃない。
「この声、十賀さんですかっ!」
「おー。こっちも見んと当てるとか可愛いやっちゃなぁ。いかにもあたしは貴女の先輩、十賀初音(そが はつね)ですとも。」
「てゆーかこんな事する人が、十賀さんくらいです!」
「ほへぇ、皆知らん顔や。この子らみ~んな夏が勧誘したんけ?女の子もおるじ?夏は人気者やなぁ。」
 それなりに、否かなり?迷惑そうにしている夏先輩とは対照的に、十賀先輩は随分余裕の表情。夏先輩の更に先輩なら、十賀先輩は三年生だ。渡先輩と同い年のはず。
「それよりほら、夏は答えんなん。スリーサイズスリーサイ……」
「うっさい!」
 ばちこん。更に人が増える。十賀先輩の更に後ろから拳骨が振り下ろされた。その威力は十賀先輩を通り越して夏先輩にまで波及する。……さっき女生徒と先輩一人をノしてるからな……。
「十賀!今日から勧誘だってのになんであんたは後輩いじりしかしないの!」
「なんねんてもう!あたしはちゃんと男の子をたっくさん……あれ?なんでおらんげんて……」
「私に訊かない!どうせたくさんとか言って、二三人なんでしょうしね!」
 十賀先輩の後方にいる女の人は得意げに胸を反らす。でも十賀先輩が誘ったと思しき男の子と言うのはおそらく……
「部長、十賀先輩は本当に男の子を沢山連れて来てましたよ……?」
「いいのよ夏、こんなの肩持たなくて。」
「肩持つとかじゃなくて、本当にいたんですよ。男の子が沢山。でも、そこの女の子が追い返したらしくって。」
 と言って夏先輩は音楽室の一角を指差して、そこには!
 ついさっき言い争っていた、あの女生徒と先輩の姿が!
「すごいスペースだな……あの二人しかいない。」
「うん、ってまだ名前聞いてなかったね。あ、ここでは。」
「そう言えばまだ自己紹介の最中でした。再開したいのでそろそろ私の頭からどいてくれませんか?十賀さん。」
「ん。陽里、あたしはまた勧誘に出回れば良い感じけ?」
「うーん、玄関前にいる人数次第かな。人がいなさそうなら、モリとか呼んで早いとこ歌っちゃおう。午後からは始業式があるし、冴とかは早めに上がりたいだろうしさ。」
(夏先輩、そう言えばこの人、部長とか。)
(うん。クラブオリエンテーリングの際にきちんと紹介があると思うから名前だけで。七星館(しちせいかん)陽里(ひさと)部長。)
「よっし十賀了解!玄関前にどんだけ人おるか見てくるわ。ほんで人が多かったらそのまま勧誘?」
「よろしく。あと概算で人数を……メールでも入れといて。」
「あいあ~い!あ、夏!あたしが戻るまでその子ら帰さんといてや。自己紹介しとらんげんし。」
 いや、さっき夏先輩に名乗ってましたけど。夏先輩も覚えていたらしくそう返す。
「ちごわい!その子らん名前いね。……まぁ、あたしが名前分かればいいだけなんやったら、紙にでも書いてもらえばいい話か。顔はもう覚えたし。」
 早っ!も、もしかして他人の顔と名前を覚えるのって、すごく簡単な事なのかな……さっきの夏先輩も、完全にフォローで僕に合わせただけ……?いや、日宮さんはきっと本当に苦手で、だから僕の顔を覚えてないんだ!……他人に覚えてもらえない事が救いになるってのもどうなんだかな。
 なんて考え込んでいる内に、十賀先輩は嵐の如くに去って行った。
「私は残ろっかな……夏、健馬の席って、健馬と新入生二人きりだけど、なんかあるの?なければ夏と健馬で、先輩一人につき新入生二人で丁度良いけど。」
「あの二人には特別に仲良しになってもらいたいのでああなってます。」
 しれっと言う夏先輩と、こわごわながらうんうんと頷く我等新入生三人。部長さんは分かったような分からないような顔で、音楽室の外に出て行った。入口で案内役を買って出るおつもりらしい。
「少し自己紹介するだけで随分経っちゃってますね。何にも説明できてなくってごめんなさいね……」
「いえいえ、都先輩が謝る事ないですって。な、泉。」
「はい!じゃなくって、うん!他の先輩のお名前も聞けましたし!十賀先輩と部長と、それから……」
 喧嘩腰の眼鏡の男の人も先輩のはず。
「ああ、健馬?二人とも声低いから、モリさんより健馬の方が付き合い多くなるかもしれませんね。」
 ……?声が低いと、付き合う相手が変わってくる……?
 ぴこーん。日宮さんの頭に豆電球が光って消える。
「ではあの眼鏡の方はバスなんですか。」
 バス??
 レイセン・ゴーズ・スクール・バイ・バス??
「正解!」
 あほな事を考えている内に夏先輩が輝いていた。キラッ☆
「君、もしかして経験者ですか?」
「はい。あ、まだ名乗ってませんね……日宮蓮花と言います。」
「経験者ですかー。ねーね、どこちゅー?」
 口語訳としては「どちらの中学校出身ですか?」となる。今更こんな事するくらいなら十賀先輩の金沢弁も訳しておけば良いものを。
「あ、私中学は秋田なんですよ。」
「あきた中学校??」
「教科書的ですね都先輩……」
 教科書的と書いてありきたりと読む。多分。
「え、じゃあ……東北の秋田ですか……?」
 心持ち、椅子の背もたれに寄りかかって行く夏先輩。引いているのか、体勢をかえたいだけなのか。
「いや、東北の合唱ってもうすごくて。コンクールでも東北大会出られれば全国金とか……」
「……それは、言い過ぎですよ都さん。」
 興奮しているらしい夏先輩とは裏腹に、日宮さんの声は冷たかった。困惑か、呆れなのか、分からないけど。
「秋田って言ったら……あ、フ女子だ。」
 ……「ふじょし」。普通に考えたら「婦女子」。でもなんで枕詞が「秋田と言えば」なんだろう。秋田美人以外は女性扱いされないとか?馬鹿な。ならばなんで女性である夏先輩が言うんだ。じゃあ……「ふじょし」ってなんだろう。
 言われた側の日宮さんは、苦笑いを浮かべて頷く。英語で言うところのビタースマイルアンドナディン。僕はよく明澄に入れたな……ここ進学校なんだけど。
「はい。都さん、よく御存知ですね。」
「私現地に行きましたもん。あ、出場者枠じゃなくって、客席側ですけど。秋田県立富怒呼(ふぬこ)女子高等学校合唱部、通称『富女子(ふじょし)』。演奏もそうでしたし、名前も印象的でしたから、覚えちゃったんです。」
 学校の名前だったらしい。ならば確かに「秋田と言えば」に続くのは分かるけど……秋田を代表するくらいに有名な高校なんだろうか。
 自分たちだけで盛り上がっていると感じたらしく、夏先輩は男衆にも話に参加……もとい引き寄せてきた。
「富女子はですねぇ、去年の全国大会で金賞だったんです!」
「金賞!ですか?てことは!」
「全国で一番……?」
 そう!やはり順位をつけられる方が男の子は燃えるものなのだ。他者より強く、他者より先へ、他者より上へ……は人のエゴであると同時に本質なのだ。知らぬさ!所詮人は、己の知る事しか知らぬ、それが人だよ!まぁ実際時代設定的には『種』放送前になりそうなんだけどね。十賀先輩にPHS持たせようとか話があったくらいなんだよね。
 とまあ話を戻すとして。全国で一番と言うなら、それは確かにすごい事で、日宮さんはその高校と支部単位県単位で同郷なのだから、それだけで十分実力者とみなしても問題ないのかな?
「富女子が全国金獲ったのは文連だけです。それにしたって去年一昨年で二年連続。」
 日宮さんが冷静に夏先輩の情報を修正する。文連?二年連続?じゃあ二連覇になるんじゃないの?ならないの?
「大会に出られればもう銅賞以上は確定なんです。銅賞って参加賞みたいなものですから。だから、金賞と言っても事実上は大会参加校の内三分の一くらいが受賞してます。」
 夏先輩が素早く補足。更に何かあるらしい。
「でも、全国大会ですよ?出場するだけで偉い事ですよ?その中の三分の一って、ただの三分の一じゃなくってもう!」
 あまりヒートアップされても、かえって分かりにくくなってしまう。三分の一も伝わらない。
「そんな都さんは放っておいて自己紹介を続けましょう。」
 キリッっとスッパリと言い切る日宮さん。「ひえぇ」な顔の夏先輩。二人とも美人なのでどんな顔も様になる。妬ましいわ。
「じゃ、俺から行くか。俺は一年八組。鍋島一等(なべしま かずと)。一等と書いて『かずと』だ。王者となるべくして生まれた男だ。」
 時代設定が雪嶺の年齢に合わせてあるなら、結構タイムリーな紹介かな。しかし縁起を担いだ名前だね。
「同じく一年八組の泉大志……」
「待てえええい!俺の紹介、名前だけじゃないか!」
 あ、本当だ。
「良いんじゃないの?別に。」
「良いもんかよ!あ、そりゃあお前は女好きだから?俺の紹介なんざ興味ないかもしれんが?」
「読者全員の声を代弁したんだよ?」
「全員かよ!っていうか、読者って何!?」
「読んでる者だよ。」
「知ってるよ!そうじゃないよ!」
「毒蛇から濁点を一つ抜いた単語だよ。」
「知らねえよ!だからなんだよ!てか何?俺ツッコミなの?俺お前に突っ込ませる気マンマンだったんだけど!」
「じゃボケてみてよ。ほーらほーら。」
「実は俺……この小説終わったら「間違ってるよ!」
「早いよ!寧ろお前間違ってるよ!文章の書き方からして間違ってるよ!ああ、俺突っ込んでるし!」
「おお、事象に対してすらツッコミを魅せるとは。鍋島氏、恐ろしい子!」
「もういいです……」
 てな感じでもっとも分かりやすい自己紹介でした。
「俺はバンドやらせてもらっててなー。」
 突然半ページほどぶっとばして、鍋島が語り出した。
「やらせてもらってるって?どういうことです?」
 今度は夏先輩が聞き手に回る。空気の読める女性だ。そんな美人だ。サイキョーだ。
「まぁ二軍って言うか……見習いって言うか。先輩のバンドを見ながらギターやってまして。」
「ふんふん!それでそれで!」
 気合の入った聞き手は聞き上手とは言い難い。
 空気は読めても話が聞ける人ではないんだな……。
「合唱部って、歌なわけじゃないですか。だったら歌の練習にもなるのかなって。それで興味持ったんですよ。」
「なるほどサッスガお目が高い!」
 多分、いや絶対……夏先輩の定型文なんだろうな。話し方も仰々しいし。
「実際どうなんですか?歌が上手くなるもんなんですか?」
「発声がそもそも違いますしねぇ……勉強にはなるかもですけど、バンドとかの練習かぁ……」
 さっきから夏先輩がちらちらと健馬先輩の方を見ている。こういうのは男の先輩の方が意見しやすいと思っているのか、しかしそれでも自分で答えようとしている。さくっと答えた方が勧誘的には正解なんだけど、渡先輩が言っていた事もあるのか、夏先輩はあくまで、偽らない態度で鍋島に向き合おうとしているようだ。
「分からなかったら、もう少し来てみますよ。」
「うん。ありがとう。少し後で、何曲か私達で歌ってみますから、それを聞いて考えてもらってもいいと思うよ。」
「わぁーそれはたのしみだなー。」
「なんで棒読みになったです?私何か間違えたです?」
 急におろおろし出す夏先輩。うん、面白い。
 この人にツッコミやってもらえれば楽なんだろうな。ツッコミスキル高そうには見えないけど。
「じゃあこれで一巡した……んですよね?」
 きょろきょろっと夏先輩が僕らの方を伺う。僕の紹介が名前しか言ってないんだけど、言われてみれば他の皆も名前くらいしか言ってないのか。それにしても朝会った事と、更に名前まで言っても日宮さんには思い出してもらえないのか……。
「よし……さっきも少し話したけど、もう少ししたら私達の歌声をきちんと披露しますから。それまで分からない事があれば答えますよ。部活以外でも、学校の事でも構いませんし。」
 ここで夏先輩スマイル。この人が笑うだけで世界が平和になる気がする。気のせいだろうけど。
「夏。」
「……なんですか健馬。」
 後方から健馬先輩。夏先輩は振り返りもしない。ていうか露骨に不機嫌そうだ。もっともそれは健馬先輩の方も同様。
「二人で話していても、いい加減話題に尽きたんだ。」
 ……本当に話してたんだ。意外とウマが合うのかな?さっきの二人。
「それで?彼女とはちゃんと仲直りできましたか?」
「最初から仲が悪いつもりはないんだが?」
 ……。健馬先輩は話すうちも無表情で、さっきの一件も本当に仲が悪くての衝突ではなかったようにも思える。
「それで、話題に尽きたところで私達とまざりたいと?」
「第一、俺が女子の相手をしているのが疑問だったからな。男子がいるなら話がしたい。彼女はおそらくアルトになるが、入部の動機を考慮するとお前が話してやるのが効率が良い。」
「あ、それ俺も同意見です。さっきの話も男の先輩に訊ねてみたいし。自己紹介が二度手間になるけど、既に二回やってる奴もいるし。な、泉。」
「……。」
 率直に言って、僕は健馬先輩が苦手だ。更に言えば、健馬先輩と喧嘩寸前だった名前も知らない新入生も。なんだか怖い印象がある。でも、これを機に近づきになれるなら、それはそれで良いのかもしれない。
「うん、合唱するまでに時間もあるんだったら。」
「ついさっき校歌を聞いたばかりだけどね。」
 ぼそっと日宮さんが呟く。ちら見すると、舌を出された。やっぱりお茶目だ。
「よし、梓!こっちの席に来てくれ!」
 健馬先輩はさっきの新入生と本当に仲直り?したらしく、いきなりファーストネームで呼び付けた。夏先輩も含め、全員が目を丸くした。
「先程はお騒がせしてすみませんでした!一年五組、梓唯(あずさ ゆい)!明澄の合唱部には、去年からずっと憧れてました!そもそも、合唱部に入りたくて明澄を受けましたから。」
 ……ファーストネームじゃなかった。苗字だった。
 梓は得意げに胸を張って滔々と──聞かれてもないのに──語り出した。
「じゃあまぁ、梓さんから色々聞きましょうか。さっきこの健馬から聞いて気になってるんですが、梓さんが合唱部に入りたいと思った動機はなんなのですか?」
 夏先輩がさながら面接官のように折り目正しく質問し出した。
「泉、都先輩って、教頭先生みたいだな。」
 耳打ちは鍋島。うん、感じ方は人それぞれ……だけど教頭先生?鍋島のとこの教頭先生はこんな感じだったのか?
「はい!えっと……」
「後で紹介させるが、こいつの事は夏と呼べば良い。」
「夏でっす!」
 ノリが良かった。確かに面接官じゃないな……。
「はい!夏先輩の質問にお答えします!実は、憧れる先輩がいるんです!」
「へえ。」
 意外な方向から声がした。振り返りはしなかったけど、日宮さんの方からだったと思う。
「私、中学ではバレー部だったんですが、結果が出せなくて。夏頃に落ち込んでたんですよ。勿論受験生だから落ち込んだままじゃいられないんですけど、尚更焦りが出てて。
 そんな時、友人から誘われて、声楽コンクールってのを見に行きました!あ、聞きに行きました!」
「声楽……?」
 顔は見えなかったけど……夏先輩の声が堅かった。健馬先輩の顔は見えるんだけど、既に話を聞いている為か、表情に変化はない。顔をじっと見ていたせいか、分からない単語の説明をせがんでいるように受け止められたらしい。
「声楽と言うのは、簡単に言えば合唱に対するところの独唱だ。個々の実力を磨く為に、合唱部でもこれに取り組む所は多い。なお、夏に県の予選がある。梓が聴きに行ったのはこの県予選だろう。」
 おお……淀みない説明の為、うっかり聞き逃しそうになっても「もう一度!」とか言う気になれない説明だ。健馬先輩、ありとあらゆる面で、点で、夏先輩とは対極だ。
 でも……どうして夏先輩は「声楽」と聞いて緊張したんだろう。
「続けます。私は音楽に関しては素人以下だったんですよ。今も素人ですけど。でも、そんな私でも勇気づけられるような歌があって。綺麗って言うか、聞いている人に力を与えてくれるような、そんな歌。その人が明澄の制服を着ていたんです。」
 興奮していく梓とは対照的に、みるみる元気がなくなって行く夏先輩。健馬先輩は変化なし。
「夏、お前の考えている人物ではない。」
「え?冴さんじゃ……」
 いよいよ分からない単語が。いや人名か。
「そういえば長辺さんも、誰かと間違えてましたね。でも私も名前までは分かりませんでした。ただ、その時一年生だったって事しか。」
 と言う事は、去年の一年生だから、今年の二年生、つまり夏先輩や健馬先輩と同い年と言う事だ。
「あれ?じゃあ本当に誰?もしかして私?」
「お前じゃない事だけは確かだ。」
「健馬ーっ!」
 夏先輩と健馬先輩、ふたりは仲良し!
「おさべ、ってのが健馬先輩の苗字らしいな。」
 これ、絶対名前を表とかにしとかないと読者に不親切だよね……。
「合唱部員は二十三期と二十四期で、九人いるからね。すぐには覚えられないと思うよ。新入生の名前だって覚えなきゃいけないし。」
 誰だ?あ、いつの間にか部長。
「もう玄関前人いないみたいでさ。取り敢えずうちらの演奏だけ手早くやっちゃって、その後もまだ残れるよって新入生には説明とか質問受けようって話になった。」
 おお、ついに合唱を拝見……拝聴か。できるのか。しかし僕達には丁度良いけど、梓にはかなり間の悪いタイミングだな。梓しか自己紹介してないようなもんだし。
「じゃあそんな梓さんの為に、この都夏葉がここにいる皆の紹介を受け持っちゃいます!
 まずこいつ!長辺健馬(おさべ けんま)!二年!メガネ!
 そのとなり!日宮蓮花さん!一年!美人!
 更にとなり!泉大志くん!一年!女好き!
 いちばん奥!鍋島一等くん!一年!ツッコミ!
 右手に見えますのが!七星館陽里部長!三年!古株!
 さいごに私!都夏葉!普通!」
「メガネ……」項垂れる健馬先輩。
「美人?」戸惑う表情も可憐な日宮さん。
 ……女好きじゃないって僕。ほら梓が超睨んでるし。
「だからツッコミじゃないって」!とつっこむ鍋島。
「古株……」と何かを堪える部長。実は雪嶺の過去作品から来ているというのをこんなところで言われるとは思わなかった模様。『CHAOS PROJECT』作ってからもう十年か……(遠い目)。
「分かった?梓さん!」
「え、ええ……おいおい。」
 多分最も正しい受け答えだと思われる。梓、恐ろしい子!
「おー、誰も減っとらん。増えてもないけど。」
「十賀さん、お口にチャックで。」
「あら、夏ったらもてもて~。やっるぅ。」
「僕がいなくてもちゃんと出来たね。立派な先輩だ。」
 ぞろぞろと戻ってくる先輩達。渡先輩、夕季先輩、十賀先輩。もう一人見えるけど、この人は知らない人だ。あれ?なんだかんだで僕、顔と名前が一致してるな。夕季先輩は苗字分からないけど。
「あ!あの人です!私が去年声楽で憧れた人。」
 梓が夏先輩の袖をくいくいと引っ張る。羨ましいぞこの野郎。野郎じゃないけど。どうやら、僕が知らない先輩を指している。
「あ、朱緒か。ははあ、確かに納得です。」
「禄門朱緒(ろくもん しゅお)。二十四期ソプラノサブパートリーダー。確かに去年の声楽の県大会では、予選を通過しているな。」
「……なに?さっきから人の事呼んだりしてるみたいだけど?」
 禄門先輩、というらしい。確かに覚えにくい名前だ。伊達に部長と同じくらいに古株やって(ぴちゅーん)ごほん、残機ゼロ。
 髪は短めで糸目。これが禄門先輩の外見。
「陽里ー。遊徳おらんけど、本当に今日歌してしまうんけ?」
「MR確保出来る時にやりたいしさ。健馬、一人で行ける?なんならアルテナ回すけど。」
「バリと分かれるニーステッド以外は問題ありません。」
「じゃあ勿体ないけどラウダーテだけ無しで。ごめんね夏。」
「いえ……曲順はどうします?」
 ……。
 途中から専門用語だかの連発で訳が分かりません。
「そうだ。日宮さんて合唱経験者だよね?今の用語とか全部分かるの?」
「分かる分からないっていうか、曲名なんてさすがに把握できてないよ。作曲家の名前かな?」
「ああ……そう、なんだ。」
 何処まで分かるのが当然で、どの辺りまで分からないレベルからが素人なのか。それすら僕にはちんぷんかんぷん。やっさいもっさい。

 先輩方が一列に並ぶ。それと向き合うように一人、夏先輩が立っている。
(夏先輩の役職は、サブコン、とか言ったっけ?)
 どうみてもそこは指揮者の立ち位置。僕達新入生に背中を向けていた夏先輩が振り返り、お辞儀をする。迎える拍手は四人分。僕、日宮さん、鍋島、梓。
 再び先輩方へ向き直った夏先輩の両腕が振り上がり、それを合図に。
 演奏が始まる。

 聞いた事もない言語。何語?
 弾むような音楽。でもそれが女声ではなく男声だからなのか、軽快と言うよりは重厚感もある。例えるなら、スキップするような軽やかな跳躍ではなく、バスケットボールを思い切り床に叩きつけた時のような、反動で飛び上がるような、そんなイメージ。
 かと思いきや、音楽はのびやかなものに変わる。曲が変わったのか、それとも一つの曲の中での変化なのか分からないけど。
 和音とか言うんだっけ。音がそろってグワーンて聞こえる現象。で、それに善し悪しがあるんだっけ。今聞こえる和音、良いのか悪いのか、上手いのか下手なのか、僕には分からない。どう、と訊ねられても困る。強いて言えば、動きが見えた、としか表現のしようがない。
 言うなれば、「弾んで弾んで、着地したところで大きく深呼吸をした」、みたいなイメージ。そのぐらいにしか言えない。僕に音楽は分からない。音楽は分からないけど───
 合唱は、この演奏は、一つに聞こえた。夏先輩を除く六人の先輩達。六つの声が、呼吸が、まるで一つに聞こえた。もしかすると当たり前のことで、これは合唱を語るには最低限クリアしなければならない課題なのかもしれないけど、それでも僕には僅かの発見を与えた。そしてこの発見は、感動と呼べるものかもしれないし、全然違うのかもしれない。というのも、僕がこれまで、感動と呼ぶにはこれが、本や映画に触れて経験して来たのとは完全に異なる衝撃だからだ。
 ついさっき梓が言っていた、〝聞いている人に力を与えるような〟歌。梓の言葉ではピンとこなかったけど、僕は先輩方の演奏を肌で感じて、力と呼べるか分からないけど、確かに何かを、大きな何かを与えられた気がした。

 くいん。
 夏先輩の右手が、予兆もなく急に弾けた。振るわれた右手の勢いでそのままこちらを振り返り、慌ててお辞儀をする。これに合わせて先輩方も一礼し、僕達のいる席へ戻ってくる。
「ふう、妙に緊張したよ。客席の人数は入学式の何十分の一だって言うのにね。」
「席が近いせいじゃないでしょうか。」
「そんな事より、どうだったー?新入生の皆!」
 先輩方は皆さん、緊張から一気に解放された、笑顔に近い表情だった。渡先輩が僕達に感想を求めてきた。えっと……何と答えたものか。
 逡巡していると、日宮さんが口を開く。そう言えば合唱経験者なのだったっけ。
「驚きました。人数とか、何か問題があったご様子でしたので多少諦観していたのですが……それでこんなに息が合っているなんて。」
 その表情は、なんだろう……笑顔じゃあない。驚きかな。口調も、興奮を抑えられないといった模様。
「私もです!音楽は分からないんですけど、何て言うか……と、鳥肌が立ちました!」
 梓、鳥肌が立つくらい言えるだろう。
「僕も梓と同じ意見です。音楽分かりませんが、皆さんの息が合って、まとまって聞こえてて。合唱ってこんなに人の心を動かせるんだって、今興奮してますよ。」
「おおう、誉めすぎやなぁ。」
 からから笑うのは十賀先輩。さて、ここで感想を言っていないのは鍋島だけか。当の本人を見遣ると……なんだか微妙な面持ち。しかし僕に気付いてか、発言を決意した模様。
「えーっと……良く分からない、ですわ。上手いとかどうとか。」
 頬を掻きながら、おそらく正直に告げる鍋島。付和雷同を選ばなかったのは偉い。僕ならきっと、意見を捻じ曲げて他人に合わせると思う。いや、そっちの方が偉いのかもしれないけど。
 考えてもみれば、鍋島が合唱部に惹かれた理由は「歌が上手くなるかもしれないから」、というだけだ。もしかすると、彼が想像していた歌の雰囲気とは違ったのかもしれない。
「違うな泉。その意味で言えば、多分俺が欲しいものは今の演奏にあったと思うんだ。だが、上手く言えない。分からないとさっき言った通りだ。」
 違うんだそうだ。
「あっと、それでね?どたばたしてて悪いんだけど、私達もこれから始業式があるから、今日はこの辺りで説明会を終えたいんだよね。」
 部長が拝むように僕達に近付く。そう言えば始業式がどうとか言ってたっけ。
「説明会って言うのは、次はいつあるんですか?」
「あ、そうそう。俺もまた来たいです。」
 これは日宮さんと鍋島。クラブオリエンテーリングとやらがいつあるのかも分からないけど、それまではさっきの玄関前のように勧誘合戦が行われるはずだ。また来る機会はきっとある。
 さて、僕はどうかというと。
 また来る……うーん、他の部活も見てみたい気も、少しはある。
 来た瞬間は、日宮さんを見つけて欣喜雀躍したもんだけど、彼女に顔も名前も覚えてもらえてなかったんだから、少し他所に興味が傾いているのも事実。でも。
(さっきの演奏。良い悪いはさっぱりだけど、それでもすごく惹かれた。興味持った。)
 自分でやるかと言われるとまた違うんだけど、それでも、合唱のすごさっていうか、これが魅力なのか、何かが伝わった気がする。
 知らず、僕の体も部長に向かっていて。
「僕もまた来たいです!次、いつですか!」
「私も絶対来ますよ!」
 忘れられていた梓も便乗。僕の方が早かったけど。イェー。
「毎日やってるよ。ただMR……音楽室は普段吹奏が当てられてるから、明日以降は場所が違うんだ。明日の場所まだ分からないから、明日また部員の誰かを捕まえてくれる?って明日だったら一時間待ちになるけど。一年はテスト少ないはずだし。」
「待ちますよ!俺待ちますよ!」
「私も!」
「僕も!」
「じゃあ私も!」
「どうぞどうぞ」×3
 その後、「なんだこのやり取り!」と突っ込んだのはやはり鍋島。
「あ、そうだ。これから昼食なんだけど、良かったら一緒にどう?僕も泉君しか名前分からないし、出来たら自己紹介なんかもしたいんだ。」
 部長の後ろから渡先輩の笑顔が覗く。なるほど、そりゃあ始業式の集合は昼食後になるだろうから、昼食まではギリギリ勧誘に使える訳か。渡先輩も頭が良い。
「泉、どうする?」
「勿論ご一緒させてもらうよ!日宮さんもたしか昼食持ってきたって言ってたよね?」
「……あ!」
 ずいっと僕の眼前に迫る日宮さんの顔。
「もしかして、泉君て……泉大志、そっか、朝の人だ!」
 …………。
「うん。」
「ごめん!私あの後色んな人の名前一気に覚えさせられてさ!全然思いだせなかった!本当ごめん!」
「うん。」
 仕方ないよね!うん、仕方ない!僕だって鍋島の名前覚えてなかったし。多分クラスの人殆ど名前出てこないし。僕の後ろにいた岩塔君くらいだよ。それに沢山の名前かぁ。どんだけナンパされたんだこの人。そりゃあ梓もぶっ飛ばすよなぁ男どもを。
「なんだ、本当に知り合いだったのか。面白いと言うか面白くないと言うか。」
 どっちだ鍋島。そして僕にツッコミやらせるな鍋島。
「それでさ、日宮は行くの?この……」
「僕は渡。」
「渡先輩と一緒におひる。」
 梓は馴れ馴れしくも日宮さんを呼び捨てして訊ねる。呼び捨てにしただけなのに何で馴れ馴れしく感じるんだろう?
「行く行く!日宮蓮花、行きます!」
「よし、じゃあ先輩達で行く人を募るか。じゃあ行く人は手を挙げない、よし全員行くみたいだ!」
 ……うん?あ、旗あげゲームか。そして誰も渡先輩に対して何も言わない。てことは常習者なのか渡先輩。僕も気をつけないと。
「ねえ、普通は『行く人は手を挙げる』じゃない?」
 若干名理解の遅い梓なんかがいる模様ではあるが。
「本当だねぇ。なんでだろ。」
 分かりにくいですよね日宮さん!いやあ僕も引っ掛かったんですよ本当本当。
 そんなこんなで僕達一同は学食へ案内されるも既に満席、仕方なく音楽室へ戻り、同時に渡先輩と健馬先輩が例のパン屋へファンネルよろしくパシらされていた。今音楽室にいるのは。
 僕、泉大志。
 日宮蓮花さん。
 鍋島一等。
 梓唯。
 七星館陽里先輩。
 渡守継先輩。
 十賀初音先輩。
 都夏葉先輩。
 長辺健馬先輩。
 禄門朱緒先輩。
 上住夕季(かみずみ ゆうき)先輩。


───そしてクラブオリエンテーリング当日。音楽室には合唱部の先輩がたに向かい合うように新入生が並んでいる。
 それが、僕達。
 泉大志。
 鍋島一等。
 宝屋新(たからや あらた)。
 日宮蓮花。
 梓唯。
 篠瀬(しのせ)じゅん。
 向井歩(むかい あゆみ)。

 この七人が、今年の合唱部の新入部員で───
「二十五期、になるのだな。」
腕組みしたままで、州藤遊徳(すどう ゆうとく)先輩が目を光らせる。入学初日の演奏披露ではいなかったけど、この人は二十三期、つまり部長や渡先輩と同じ三年生だ。
もう一人、今日も来てない先輩がいるらしいんだけど、未だに顔も分からない。そう言えば声楽云々の話で出た名前、聞き覚えなかったけど……その人かな?
「本当は堅苦しい挨拶があるけど、全員これまでに一度は説明聞いたはずだからまぁ既に終わってるって感じで……」
 部長がとんでもない事を言い出した。言っている間中鼻息が荒かったりした。
「ようこそ合唱部へ!これから一年よっろしくゥ!部長兼アルトパートリーダーの七星館陽里だよ!」
「おおっとソプラノパートリーダーの十賀初音さんもおるさけね!」
「はっはっは!テナーパートリーダーの渡守継を忘れてもらっちゃ困るな!」
「十賀がいる、モリがいる、ベースパートリーダー、州藤遊徳がここにいるっ!」
 なんだこの四人……これが三年生、二十三期。もう一人いらっしゃるらしいけど。
「はいはーい!わっ、わたしがそのっ!さささサブコンダクターのっ!」
「の、都夏葉の横にいるのがソプラノサブパートリーダーの禄門朱緒でーす。」
「その相方と名高きアルトサブパートリーダーこと上住夕季とはこの私!」
「ベースパートリーダーの長辺健馬だ。よろしく。」
 健馬先輩のテンションが一番まともに見える……これが二十四期。一つ上の二年生。
 そして僕達、一年生。二十五期───これが今期のメンバーか。
 はてさて、勢いで入ってみたは良いけれど、これから三年間の高校生活、どうなることやら。


第一話『明澄高校合唱部』───了。


☆次回予告☆

 改めましてこんにちは、歌今抄メインヒロインこと日宮蓮花です。メインヒロインと言うのはヒロインの中のヒロインという重要なポジションです。メインヒロインの日宮蓮花です。よろしくお願い致します。
 合唱というと皆さん具体的にイメージできるものがあまりないかと思います。合唱部なんて尚更だと思います。簡単に言いますと、やはり色んな行事がありまして、それに向けて練習を重ねて上達していく事を目的としています。
 年内最初の行事は、5月末の「県唱祭」です。県の合唱団体が一堂に会するこのイベントで、泉君や私達は様々な人達と出会い、各々の合唱に対する意識を深めていきます。
 私ですか。私の思うところは、今は内緒にさせて下さいね。
 それでは歌今抄第二話『県唱祭』、ご期待下さい。

 メインヒロインの日宮蓮花がお送りいたしました。
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