小説載せる予定が、気がつけば日記の溜まり場。 そんなもんよ。
どこへいくいく 一九の道
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長かった……。色々やった。頑張った。色々やってる間に原稿なくしたから途中で方向性が分からなくなった。でも多分これで大丈夫なはず。

あとは、第一話分の後書きでもつくって、しばらく休もうと思います。第二話以降も頑張るけど、少し時間を空けたいと考えています。
ご意見ご感想は随時募集中だぜっ!
六道異伝
Ⅰ-4

 日の光を恵みだとする者達もあれば、天敵だとする者達もまたある。彼らが作った勝手なものさしで計測し、人に益をもたらすと見做されるものはもてはやされ、害をなすと見做されるものは忌避される。全く同じ存在であるにもかかわらず、己の利害との関係如何によって態度を変えるのは見様によっては傲慢に映るかもしれないが、他方、致し方のない事だとも思われる。日が照る周期はおよそ不変のものである。変化の余地があるのは自分達の方だと認め、自分達が専ら調節する態度を取る事のどこに問題があるというのか。自分の都合で他人に変化を強要するよりはずっと社会的ではないか。
 背比べをしているようなビルディングが立ち並ぶ何処かの街を照らす光を、その街を歩くそれぞれの人々はどのように感じているのか検討していくのもいくらか面白そうではある。穏やかな気候を謳うこの街においても、その様な気が起こるくらいに人は溢れていなかったが、それでも実際に検討してみようという気が起こらない程度に人は溢れていた。そこで、その中でもとりわけ風変わりな恰好をしている二人組に注目するとしよう。気だるげに歩く彼等からは、今まさに光から恩恵を授かっている事実を実感しているような気配は微塵も感じられなかった。とはいえ、彼らが疲弊している理由も定かではない内に、彼等が日の光を疎ましく感じていると判断するのは早計かもしれなかった。
 ……そもそも彼等は『こちらの世界の太陽』に初めて出会ったのだから。青色の空に浮かぶ火の玉に対していかなる感情も抱いてはいないのかもしれないくらいなのだから。
 彼等は、既に話題に挙げたように、二人組だった。おそらくはおろしたてだろうが、丁寧さが僅かばかりも感じられない着こなしの所為で完全にくたびれている灰色の外套を羽織った男と、飾り気のない真っ白な着物に身を包んだ少女の二人組だった。男の方は歩きながら、面白くなさそうにではあるが景色を眺める余裕を持っているのに対し、少女の方は既に目を回しているかのようにふらふらだ。見るからに限界だ。五秒前だ。四、三、二、……。
 手遅れになる前に、男が少女の首を掴んだ。
「ったく、毎度毎度世話を焼かせてくれる……。」
 少女は男の手の中で面白い事になりかけていた。男は溜息混じりに、陰になっていて休めそうなところを探す。『〒』とかいてある箱が目に入ったので、少女をその傍らにおいて、寄りかからせた。
「はあー。人道の空気は、どの地獄よりもずっとトゲトゲしてます。息を吸えば喉が痛い、目を開けば目が痛い。やっぱり大焦熱地獄が一番ですよ。」
「体質改善がなけりゃ息も吸えなかったろうな。つっても元々こんなとこ俺達が来るようなとこじゃねえし、ここの連中にゃこのくらいの環境が丁度良いんじゃないか?」
 身なりや振る舞いからして風変わりな彼等は、地獄からやってきたと言っているらしい。なるほど、その様な得体の知れないところと人間達の暮らしている世界とでは環境が異なっていて当然だ。どちらが良いか、などと比べるのは筋違いも甚だしい。男は「住めば親子というやつですね」などと謎めいた言葉を吐く少女を見事に無視し、改めて周囲を見回す。
 建造物。行き交う人々。その衣服や装飾品。全てが鮮やかだ。多くの色が溢れている為、目を開けているだけで疲れてくる。幾つかの建物は、鏡でできているとでも言うのだろうか、壁や地面の数だけ光源が増えていて、明るさも熱量もとても快適と呼べるレベルではなかった。時たま奇天烈な旋律が耳に障る。経験した事もないような匂いが漂ってくる。……彼とて環境の変化に疲弊していないはずもなかった。しかし、彼を悩ませる最大の要因は、これら感覚器を刺激するものではなかった。
 体の動きが鈍いのだ。
 体が重い……そんな表現があったかもしれないが、そんなレベルではない。手足、更に言えば指の一本一本すら重く感じるのだ。その状態で歩かされるのだから、体力にいくらかの自負を持つ者であってもたまったものではないだろうし、ましてや少女の身には相当な負担をかけている事だろう。
「河流。目的地まではあとどれくらいだ?」
「ふぇ~、あ、ええとですね。」
 未だに目を回してはいたものの、少女……河流は何とか地図を取り出した。なかなか器用なものだ。
「今まで歩いてきた道のりの、四分の一くらいですね。坂道でもない限り、古亀屋まであとほんの少しです。」
 そんな状態でばっちり地図を読んだ。凄まじく器用なものだ。面妖なところだけ成長している河流を眺めながら、男、藁掴は自分達に任された依頼の内容を思案する。
「俺達が交渉に行くのは、廻灯籠曰く……仙人なんだよな?」
 地獄から抜け出した亡者、オダギリショウコ。藁掴達は、その人物の行方を調べる為に、人道での協力者に頭を下げに来ているのだ。その中の一人が、これから彼らが向かう「古亀屋」というところにいるという仙人。確かに仙人なんて存在が仲間になってくれると言うのなら、おそらくは頼りになるのだろう。しかし、藁掴は漠然と不安になっていた。
 さて、目を回した状態から一向に回復しない河流はと言うと、
「はい、仙人のおじいさんで、お名前が玄天さま。まわりんとは見たい深夜番組を争ったほどの仲だそうです。」
 ばっちりと質問に答えている。後半は若干混乱していたらしいが。
「『玄ちゃん』、若しくは『げんげん』と呼びなさい、と」
「言われてねえ。」
「伝書に書いてあるんです!」
 一瞬だけ藁掴を睨み、すぐに焦点が合わなくなる河流。依頼主である廻灯籠から口頭で伝達された情報はそれほど多くはなかった。古亀屋や玄天仙人についての詳細については、河流に渡されていた伝書等に頼るほかはなかった。つまり、情報の多くは河流が握っている事になる。
「それより、古亀屋に行けば玄天って仙人に会えるのか?」
「ご本人がいらっしゃらないようでしたら、お弟子さんに伝えておくように記してありますよ。にゃんにゃんさんです。」
 どうやら、この舌がもつれそうな単語は弟子の名前らしい。
「にゃんにゃんか。俺が言うのもなんだが、大した名前だよな。」
 基本的に誰にも他人の名前についてとやかく言う事は出来ないだろう。せいぜい『魔王の憂鬱』のメンバーくらいだ。
「お饅頭のような美味しそうな名前だと思いますよ?」
「……そうか。」
 何処をどう見ればその様に思えるのか理解できないし理解する気も起こらないといった様子で、藁掴は頭を振った。しかし、食べ物の話になると元気を取り戻すと言う分かりやすい性格のお陰で、河流はすっかり回復したらしい。これなら、あと少し歩くくらいならなんとかなるだろう。
「さて、あと少しだな。行くぞ。」


 古亀屋は所謂骨董品店で、建物も割と古い。古いといっても使い捨てのご時世の価値観に照らし合わせての事かもしれず、そもそもまったく別の世界から訪れている藁掴達にそんな価値観があるわけもないのだが、少なくとも街に溢れている様々なものよりは落ち着いた雰囲気を持っていたので、肉体的にも精神的にも、地獄からの使者に安らぎを与えた。
 ところで、藁掴と河流の服装は先ほど廻灯籠と再会を果した頃のものとは異なっている。そもそも河流はその時自分の服を着ていなかったし、藁掴にしても、訪問先の相手に失礼のないようにとそれなりの着物を廻灯籠から受け取って(押し付けられて)いた。
 店外の明るさから古亀屋の暗さに順応するにはいくらかの時間を要した。やがて藁掴は、店の奥に何者かが座っている事に気付いたが……その姿を正確に認めるまではもう少しの時間がかかりそうだというところで、その影が口をきく。
「こんな店に一見さんも来るんだな。まあゆっくりしていってくれよ。」
 男の声。こいつが玄天なのかと藁掴は値踏みしようとするが、否定するのに一瞬もかからなかった。声が若過ぎる。そう結論付ける頃には藁掴の目も暗さに慣れ、彼の姿がよく見えるようになっていた。予想通りに、若い男だった。頭には暗色と白っぽい色の、縞模様の布を巻いている。具体的に色を指摘するには、目が慣れたといってもやはり店の奥は暗すぎた。相手の姿をよく捉える為にも、藁掴は男との距離を詰めた。
「玄天とかいう男に用があって来た。お前はその弟子の、にゃんにゃんとかいう奴か?」
「……はあ?」
 男に対し「前へ倣え」をした小学生が二人分くらい並ぼうかと言う程度の間合いを詰めている藁掴。男は机に肘をつき、彼なりに藁掴を見回した。藁掴は立っているので、座っている男からすれば、見上げる形となる。藁掴の後方から、河流が駆けて来るのに男は気がついた。
「藁掴さま藁掴さま!」
 河流を振り向こうともせず、藁掴は用件を急がせた。注意を前方の男から外さないようにしている……そのように思えた。
「『にゃんにゃん』という名前は『娘々』と書きますから、きっと女の方ですよ。」
「……。」
 藁掴にとって幸運だったのは、店内が暗く、また彼の顔がその場にいる誰よりも高い位置にあり、気まずい間違いを犯してしまい大きく崩した表情を直接悟られなかった事だった。
 そうは言ってもバレバレなんだけどね。
「それでおたくら、どんな用事があるんだ?目当ての玄爺なら今此処にはいないぜ。いつ頃帰るのかも俺には分からない。」
 藁掴を不憫に思い気を遣ったのかそうではないのか分からないが、というより多分違っているのだろうが、男が藁掴達の来訪の意図を尋ねた。
「ええと……用件は玄天さまか、お弟子さんの娘々さまに直接伝えるように託(ことづか)っておりますので、貴方には用件も、私達の事も教えられません。」
 なるべく丁寧な口調を選ぶように心がけてはいたようだが、河流の取った態度は明らかに『男に対する拒絶反応』だった。二人は人道の事をまるで理解していない。それゆえ、容易に何かに飛びつく事は出来ないのだ。何者も信用できない。これは河流が自分で考えて取った態度ではなく、予め藁掴は廻灯籠に釘を刺されていた事を実行しているだけと言える。
「悪いな。込み入った事情でね、こっちも迂闊に誰彼構わず話してられねえのさ。玄天はいつ現れるか分からないって話だったか?だったら弟子はどうだ?ほらその……」
 大いなる恥から立ち直ったらしい藁掴が会話に復帰するが、やはり間違えたばかりの弟子の名前を再度口にするのは憚られたらしい。
「ええとその、お饅頭のような名前の……。」
「結局饅頭かよ!」
 藁掴のツッコミに力が戻っていた。或いは藁掴の威勢を取り戻すべく河流がわざと惚けて見せたのかも知れないが、例えそうであっても藁掴はそんな考えを思いつく事すらなかった。
「饅頭か。ああ、娘娘万頭(にゃあにゃあまんじゅう)ね、納得納得。」
「ほ、本当に饅頭の名前なんだ!?」
 予想外の事実に驚く藁掴ではあったが、本当に驚くべきところは、石川県加賀地方の土産物として知られる『娘娘万頭』をこの男が知っていたというご都合主義なのかもしれない。一部の読者はお気付きであろう。古亀屋は宮崎県にあるのだ。
「玄爺にしろ娘々にしろ、いつ戻ってくるか分からないぜ。俺に店番を任せてるくらいだから、そんなに長く留守にはしないと信じたいけどな。娘々辺りその内戻ってくるかもしれないし。さて、どうする?日を改めるかい?」
「ふうん……。」
 男の言葉に、藁掴は顔をしかめた。改めて古亀屋を訪問しようにも、人道にいられる時間は限られている。それに、再度来訪するまで何処に身を落ち着けていれば良いのか見当もつかない。かといって、廻灯籠から預かっている用件を素性も知れない男に任せて帰る事も憚られる。待っているのが一番現実的に思えるが、それにしても相手がいつ戻るのかも分からないようでは確実とはいえない。
「何だか急ぎの用らしいが、今は待つか、もう一度来るかしかないぜ?でも待つって言うなら茶くらい出すよ。ここは退屈なところだが、まあ玄爺の客だってんならゆっくりしていても文句は言われないだろうぜ。」
 男はつまらなさそうに手を振った。
「藁掴さま、ここで待たせてもらいましょう。それが最も早く玄天さまに用件をお伝えする事になると思います。」
「……まあ、な。」
 勿論、藁掴もその様に結論付けてはいた。しかし誰かも分からない相手と同じ空間に長いしなくてはならないのかと思うと落ち着かない。これが地獄であれば、短くない弁護人活動で養った危機回避能力を存分に発揮して問題にもある程度は対処できそうなものなのだが、ここは人道。それも古亀屋にいたっては仙人の居住地だ。下手に動く事は出来ないし、第一この世界では彼の動きには制限が加えられているらしいのだから。
 目の前にいる二人、特に藁掴の剣呑な様子を感じ取ったのか、店の男が切り出した。
「取り敢えず俺から名乗っておくよ。じゃないと何も話してはくれなさそうだし。かと言って用があって来た人を追い返しちゃ、何の為の留守番か分からないしな。俺は草薙勇(くさなぎ いさみ)。少し、いやかなり運悪くここの留守番を頼まれただけの、普通の高校生だ。」
 勇はにこやかに藁掴達を見比べる。紳士的とは言えないかも知れないが、勇の態度はきわめて友好的だ。しかし藁掴には、この態度がかえって不気味に思えた。つい、心を許しそうになってしまう。勇は名乗ると言っていたが、言っていた通り名前程度の情報しか口にしていない。この男を信用するに足るだけの情報は未だ揃ってはいない。
 一方、河流はというと、勇が名乗ってから目を合わせた事で、次は自分が名乗る番だと判断したが、すんでの所で藁掴に制された。
「何をそんなに怒ってるんだよ。そっちから話してくれないと一体どんな用件なのか分からないぜ。」
「生憎だが、俺達はここで待たせてもらうと決めただけだ。あんたを信用するべきかどうかはまだ検討中だ。下手に情報を漏らして、これ以上厄介な事になっても困る。」
 あくまでも、藁掴は慎重な姿勢を崩さない。藁掴からすれば当然の態度なのだが、勇としては面白くない様子で、大仰に頭を抱えた。
「おいおい、玄爺にしろ娘々にしろ、名前くらいしか分からないんじゃないか?よりにもよって俺と娘々を間違えたくらいだからな。……でもまあ、だからって俺の身分証明が済まない事には用件を話してもらえないってのには変わりないか。」
 勇は決して頭が回らない人間ではなかったが、自分が誰かの知り合いなのだと証明する方法、そんな知識は持ち合わせてはいなかった。店内には気まずい空気が漂う。まずい。何も考えずに第四章に突入したツケがまさかこんなところで。誰か何か言わないかな。おそらくその場にいる誰もが、そして作者までもがそう思っていた。
 すると、店の入口の方から足音が聞こえた。三人の視線が入口の近くにいる彼へと集中する。三人はほぼ同時に、そこの人影が銀色の髪をした少年だと認識した。少年も、店内にいる者達の顔を見比べている。藁掴の顔から河流の顔へ、そして彼女の衣服へと視線を移した時、少年の眉がぴくりと跳ね上がった。
「おやおや。まさかこんなところで向こうの役人を見かけるなんてね。」
「!」
 咄嗟に藁掴が、少年と河流の間に割り込む。警戒反応だ。
「何者だお前。」
 藁掴の低い声に、少年は気分を害されたように返す。
「何者だって?どうして僕の顔を知らないんだ。」
「……はぁ?」
「僕の顔を知らない相手に名乗る気にはなれない!」
「……。」
 じゃあこいつはいつ名乗るんだ。顔や名前を知っている相手の前でしか名乗らないというのは大いなる矛盾を抱えているではないか。藁掴はごくまともな感想を抱くが、少年も自分が面妖な事を言ったとは考えていないらしく、藁掴を睨みつけている。
 おほん、と勇が咳払いをした。
「藁掴。そこにいる奴は俺の知り合いだよ。心配しなくてもいい。それと……」
 勇は少年に視線を移す。
「自分で言うのが嫌なら俺から紹介しておこうか?」
「……分かったよ。君に任せては悪いからね。」
 少年は溜息を吐いて自分で名乗る決意をする。勇がやや不満そうに頷いた。
「僕は白鶴(はっかく)。仙人だよ。天道にだってこの名前は広まっているはずなんだけどね。」
 意識したかどうかは分からないが、白鶴と名乗る少年の言葉にはトゲが多分に含まれていた。とはいえ、そんなトゲに怯む藁掴ではない。
「そいつは失礼したぜ。俺の名はさっきそこの店番に言われちまってるが、藁掴だ。今は名前しか出せないんだが、俺の名前もそれなりに広まってるぜ。白鶴様に分かるかなあ?」
 寧ろトゲにトゲで返した。まるで子供だ。
「藁掴。……奇跡の不死鳥か。」
 ぐさっ。
 出来れば忘れてしまいたい綽名が人道でも彼を苛むのだった。そんな彼の裾を誰かが引っ張っている。
「不死鳥さま不死鳥さま。」
「お前わざとやってるだろ……で、何だよ。」
「白鶴さまにお話してはいかがでしょう。まわりんからの伝言を。」
「……何だと?」
 河流の提案も分からないではない。玄天か娘々、いずれにせよ仙人に頼もうとしていた案件を、仙人だと名乗る白鶴に任せるというのは無理がある話でもない。しかし、藁掴は白鶴の名前を知らなかった……河流は知っているのだろうか?
 時を同じくして白鶴もまた、河流の提案を吟味していた。
「お嬢さん、まわりんと言うと……『さあ、キリキリ働くのよ!』……って声の人かな?」
「すごい!まさにまわりんの声でした!まわりんそんな台詞言わないのに!」
「白鶴お前……」
 身を引き摺ってでも引き下がりたい衝動に駆られた勇の気持ちは、めでたく白鶴には伝わりませんでしたとさ。
「なるほど。君達は彼女から玄天殿に何かを伝えに来たんだね?」
「お前、あいつを知っているのか?その……まわり……んを……。」
「まわりんをご存知なのですか!?」
「知っているも何も、知らない訳がないだろう。まあ直接の面識は数度だし、僕の方が立場は下だから向こうは覚えていないかもしれないけどさ。」
 どうやら白鶴の中では有名かどうかがステータスに直結しているらしかった。いや、ある意味有名になってしまった藁掴に対し好印象を抱いていないところからすると、直結とは言えないのかも知れないが。
「それにしても、彼女が玄天殿に……ふむ。」
 白鶴は目を閉じ、天を仰ぐ。しばらくそうした後、ゆっくりと目を開いていく。
「私用で来たと言うなら問題はないけど、藁掴、どうなんだい?」
 その目は藁掴に向けられていた。真摯な目つきで見つめられ、藁掴の方も即座に答えようとするが、すんでの所で自分がまだ白鶴を信用しきっていないという事に気付いた。
 白鶴が天道とつながりを持っている事は確かだと言えそうだ。しかし、天道と関係しているからと言って、信頼に足る相手だとは限らない。返答を渋る藁掴に声を掛けたのは、草薙勇だった。
「あのよ、俺が言っても信用してくれないのかもしれないけど……俺はともかく白鶴は信じてやってもらえないか?」
「私からもお願いします。」
 その場にいる誰もが驚いたのは、河流がそう口にしたからだった。
「私は白鶴さまを、いつか何処かで見かけたような気がします。おそらくは、まだ私が小さかった頃に。上手く言えませんけど、この人はきっと悪い人ではないはずです。」
 河流はそう言って藁掴の腕を掴んだ。全員の視線が藁掴に集中する。
 本人は記憶していないだろうが、河流は元々天道の出身だ。天道に関わりを持っているという白鶴と幼い河流が出会っていてもおかしくはないのかもしれない。そして、河流がその様に言うのなら───
「……はっ。」
 藁掴は息を一つ、否、それとともに自分を縛っていた柵(しがらみ)を大きく吐き出した。人道に降りて少ししか経たない内に、随分と肩が凝ってしまった。余計な力が入ってしまい、疲労が溜まっていたらしい。首、肩、肘の関節を鳴らし、ほぐして……藁掴は白鶴を見る。彼の顔と正面から向かい合う。
「白鶴。お前……魔王って知ってるか?」
「「魔王……?」」
 勇と白鶴の声が重なる。しかし二人の表情は対照的だった。白鶴が眉を顰め、怪訝な表情を作ったのに対し、勇みは眉を上げ、寧ろ驚いたような顔を見せた。
「魔王ってえと、ゾルガディウス卿の事かい?」
「「ゾルガディウス……?」」
 今度は地獄から来た二人が仲良く鸚鵡返しをしてしまう。二人に加え、勇もまだ驚いた表情のままだ。三人の顔からクエスチョンマークが飛び交う中、唯一人白鶴だけが冷静に思考を巡らせている。彼には他の三人に不足している要素、つまり思考するだけの情報が備わっていた。但しその情報の量が、真相に迫るまでに達しているか否かは誰にも分からない。白鶴は静かに目を閉じ、右のこめかみを短い間軽く押さえ、やがて再び目を開いた。
「……藁掴の言う魔王とは、ゾルガディウス卿の事ではないだろう。故あって彼はゾルガディウス卿について何も知らないだろうからね。つまり彼が言う魔王とはおそらく別の魔王だろう。確か、オダギリとか言ったかな。」
「別の魔王だと……!」
 驚愕のあまり思わず、藁掴は白鶴の襟首を掴んでしまっていた。掴んでしまってからこれに気付き、急いで離すなり藁掴は謝罪する。しかし、白鶴はこれをすら気に留めていない様子で続ける。
「そう呼ばれているだけさ。確かにゾルガディウス卿は非凡な能力を持ち合わせているが、それが人間の可能性を逸脱した摩訶不思議な能力だとは思わない。仮に本当に氏が何らかの能力を持ち合わせていたとして、それがオダギリ某と関係あるものなのかは僕には判断しかねる問題さ。」
「……。」
 魔王がもう一人いるかもしれない。それだけで、藁掴を絶望させるには十分すぎた。可能性がどれだけあるのかは分からない。藁掴にとって敵になるか味方になるか、それすらも分からない。しかし、何も分からないからこそ、最悪の状況ばかりが頭に浮かぶ。
 絶望する地獄の使者の隣、対照的に頷く者があった。河流だ。
「今、私達は動けません。そしてそのゾルガリウムとかいう魔王さんの情報は、私達がここで得た唯一の手掛かりです。私達が探している魔王さんとの関係性は分かりませんが、何も出来ないで待つよりは僅かな可能性でも調べて見たいと思います。」
「……お前。」
 藁掴が顔を覗きこむと、河流は微笑んで見せた。ただ可笑しくて笑む顔ではない。藁掴の心配を取り除く、頼れる者の表情だった。
「お嬢さん、そういや俺はあんたの名前を聞いてないな。藁掴の名前はあんたが呼んでくれたから分かったんだが。」
 今度は勇に顔を覗きこまれた河流は、先と同じ様に勇に微笑み返す。
「河流です。よろしくお願いします。」
 藁掴が右手で顔を覆う。その手が次は髪を乱し、次は首を掻きと、言葉にならない思いをひたすら何かにぶつけようと苛立っているらしい。
「お前なあ、俺は最悪面倒になっても対処してやるよ。でもお前は簡単に名乗っちゃまずいだろ。」
「そのくらいの責任は持てるつもりです。」
 河流は腰に両手を当て、胸を張った。
「さて、河流さんか。僕は生憎君の名前に覚えがなかった。それより、どうして魔王の事なんて尋ねてくるんだい?」
 白鶴の質問はもっともだった。河流が説明しようとしたが、藁掴が前に出た。
 藁掴としては、必要以上に白鶴に勘付いて欲しくはなかった。今回の一件は人道にも関わるものだが、原則的に六道の事は六道の者が面倒を見るべきだと藁掴は考えている。仙人だかなんだか知らないが、自分達の世界に余計に関わってきて欲しくはない。
 だから、藁掴が説明役を買って出たのだ。最低限の事だけを伝えればそれで良い。必要以上に情報を掴まれないように言葉を選ぶ。
「簡単にだが俺から説明させてもらう。白鶴、お前は俺が言う方の魔王が何処にいたのかを知っているか?」
「ん?」
 白鶴の表情が曇る。藁掴はこれを見て、質問に質問を返してしまったのかと思い、慌てて訂正しようとした。しかしそれは無用だった。
「藁掴。君は今、魔王が何処に『いた』のかを知っているかと僕に尋ねた。僕が知る魔王の居場所は、とても簡単には出られるようなところではないし、もし出られるような事があったとしても、大きなニュースとして取り上げられてもおかしくない話だ。しかし僕は天道に赴いた際にもそんな話を耳にした記憶がない。」
「はあ。」
 神妙な顔つきで白鶴が語り出すが、その内容は漠としていて藁掴には核心が見えてこないでいた。ぼんやりとこのやり取りを眺めていた勇が口を開く。
「いまいち分からないが、『いた』って藁掴が言ったって事は、藁掴は今現在そいつがそこに『いない』って念頭に置いた状態で話をしているって事だぜ。」
「……なっ!」
 まるで欠伸でもしながら言ったような勇の指摘に、藁掴は重度の眩暈感を覚える。ほんの少しの言葉のミスから、白鶴は最も重要な情報を把握してしまった。藁掴は己の至らなさを呪う。
「おそらくは魔王が大牢からいなくなったという事。そして藁掴が人道に来ている事の意味。それは……どれほど可能性が高いものかは分からないが、魔王が人道へ来ているかもしれないと判断されたという事……!」
 片手で頭を抱え、白鶴は呻いた。そして彼の指摘はほとんどが的を射ている。少ない情報からこれだけ真実に肉迫できるほどの賢人が呻く。藁掴は、事の重大さを改めて痛感する。
「彼女が玄天殿を頼るのも道理か。草薙勇、玄天殿の行き先は分からないのかい?」
「さてね。俺も玄爺にゃ信用薄いしなあ。」
「何の為の留守番だ!こんな緊急事態に玄天殿と連絡も取れないなんて、どうしてくれるんだ!」
「お前が俺に言う事かよ。俺を信用しないのは玄爺の責任さ。俺だってやりたくてやってるわけじゃない。」
「言い訳するとは情けない奴だ。」
「人に当たるなんざお子様だな。」
「お前ら喧嘩すんなよ……。」
「不死鳥は黙ってろ!」
 藁掴は泣きたくなってきた。自分も好きで不死鳥と呼ばれたり人道へ赴いたりしているわけではないというのに。
「白鶴さま。玄ちゃんにこのお話をお伝えする事は出来ないのでしょうか?」
「うん。彼が玄天殿の居場所を教えてもらっていないからね。居場所さえ分かれば使いを送る事も出来るんだけど。」
「そいつァ悪かったね。」
 勇は特に悪びれるでもなく、頭を掻いていた。
「だから、結局玄天殿が戻られるまでここで待たなくてはね。もしかすると娘々なら玄天殿の居場所を知っているかもしれないから、待つのは娘々が戻るまでかもしれないけど。」
「白鶴さま。あの……待って玄ちゃんに旨を伝えるのはお一人で十分ですよね。」
「ああ。あ、そうか。ゾルガディウス卿を訪ねたいんだったね。」
 白鶴は河流の言わんとする事を理解した。理解した上で、腕を組んでしばらく考えた。
「草薙勇。君はゾルガディウス卿の居場所を知っているかい?」
「まあな。アポイントメントが取れるかどうかは知らないが、氏が教鞭を執っている大学の名前なら知ってるぜ。」
「分かった。なら、君がこの二人をゾルガディウス卿の所まで案内してくれないか。僕の術ならおよその場所までは飛ばせる。留守番は僕に任せてくれ。今回の件、事情を多少は理解している僕の方がより正確に玄天殿に伝えられるだろうからね。」
「任されたぜ。ま、案内役を買っちまうと娘々に会えなくなるからな。」
「俗な捉え方をするなよ。僕は最良の選択をしたつもりだ。それは個人的な感情に影響されたものではない。」
「分かってるさ。」
 憎まれ口を叩き合っているように見える二人だが、顔つきを見るとなんだか楽しそうに思われた。仲が良いなあ、と藁掴は暢気に思った。




 西上家の玄関に一人残された玉出和輝は、さて自分は何処に身を落ち着けようか、と言う単純且つ難解でしかも重要な問題に向き合っていた。
 西上切絵が戻るまでの間、自分は西上家に残っていなければならない。しかし、何処にいれば良いのだろう。西上父の寝室で現閻魔大王である明鏡止水が看病しており、これを邪魔するわけには行かない。かと言ってそこにいないという選択を取るならば、今度は何処にいれば良いのだという問題が生じる。これが自分の自宅であれば何処にいたところで問題など生じないが、ここは西上家。玄関に居続けるのもよろしくない。来客があり自分の姿を見られては「お前誰やねん」的な応酬が予測される。
 先ほど明鏡止水を案内した居間が最も無難だろうかという結論に達し、和輝は誰も見ていない廊下を抜き足差し足で移動する。かえって怪しいのではないかという疑念が湧いたので普通に歩こうとしたところ足音が大きく鳴ったのでビビり、結局忍び足で居間へと向かう。
「カズキさーん。」
 その声は極楽に棲むといわれる迦陵頻迦もかくやといった美しさで和輝の敏感な耳に届いた。
「驚いた。お姉ちゃんじゃないか。」
 いつの間にか「お姉ちゃん」が定着していた。本人がいないので何と呼ぼうが勝手だ。それはさておいて、呼ばれたのなら行かないわけにはいかない。寝室に行く口実を手に入れ、今度は足音など気にせずに声の主の下へと向かう。
「呼びましたか、明鏡っ水様、って……」
 やっぱり噛んだ。お姉ちゃんって呼んでおけば良かった。ってそうじゃない。
 この日だけで和輝は過去二回この部屋に足を踏み入れている。最初は切絵に引っ張られて。次は明鏡止水を案内して。その二度の内どちらとも、変化しないものがあった。布団の中にいる存在。それが今は、布団から体を起こして和輝を見つめている。
「やあ和輝くん。呼びつけて悪かったね。りんご食べるかい?」
「パパさん!回復したんですね?」
 和輝の言う通り、西上父の顔色は優れており、健康そのものだった。いつもの笑顔に、温かそうなというより正直暑苦しそうなパジャマ姿でりんごを齧っている。
「うん。回復も何も、今朝頃から割と調子は良かったからね。」
「……何?」
 和輝の顔がひきつった。
「パパさんは過労で倒れたって聞きましたけど?」
「倒れたねぇ。いやあいつまでも若いと思っていては駄目だね。引退するつもりはないけど、色々考えなくてはね。そろそろ孫の顔が見たいよ。」
「そうじゃなくて。明鏡、し、止水様が手を尽くしてくれるまで意識が無かったんじゃ?」
「まさか。さすがにその程度、手をかざせば分かりますよ。」
 明鏡止水が仏頂面でひらひらと手を振った。
「ちょっと!パパさんが元気だって分かってたんですか!?」
「元気とは言えませんが、睡眠状態か覚醒状態かの判断は出来ていましたよ。大体私は適当に誤魔化していたではないですか。貴方に理解できなくとも、死神である切絵さんが理解出来ない時点でおかしいと思いませんでしたか?」
「う……」
 そういえば、明鏡止水が死神の治療法について述べていた時、切絵は溜息をついていた。和輝はその時、「西上も死神に関して分からない事あるんだな」程度にしか考えていなかったが、冷静に考えればそれは考えにくいのだ。
「まあまあクロちゃん。それよりも和輝くんに訊きたい事があるんだ。」
「クロちゃん?」
 西上父の口にした耳慣れない単語に対し、和輝は首を傾げた。
「昔から黒い服ばかり着ているからクロちゃん。」
「昔?」
 明鏡止水の眼がきらりと、いや、ぎらりと光る。
「あ、いや、知り合った頃から。」
 和輝にとってはその訂正箇所はどうでも良かった。西上父のセンスを改めて確認した、なんだか複雑な気持ちだけが心を支配してくる。そして、肝心な事を思い出した。
「あの、パパさん。いつ頃から目を覚ましていたんですか?」
「今朝だよ。君を呼びつけた後また眩暈がしたから布団には入っていたけど、就寝してはいないね。ああそうそう、君が最初にここへ来た時だけど、」
 来た。話して欲しくない話が来た。
 気が動転して切絵に言おうとした言葉。誰にも聞かれていないと思っていたのに、よりにもよって父親に聞かれていたなんて。和輝の背中を、氷にならないのが不思議なくらいに冷たい汗が滝のように流れていく。
「まあその話はいつでもいいか。というより、いつでもそんな話が出来るように、訊きたい事があるんだ。」
「はあ、なんでしょう。」
 口では冷静を取り繕いつつも、内心和輝はガッツポーズしていた。難関が先延ばしになっただけだが、先延ばしになれば相手方も忘れてくれるかもしれない。いや、さすがにこの男は忘れてくれそうにはないが、自分の方で「そんなん言いましたっけ?」としらばっくれる事は出来る。出来ないと困る。練習しておこう。
 そんな和輝の心情を知ってか知らずか、知っていても今は他に優先する事があるというのか、西上父は真剣な顔つきで和輝に向き直る。
「娘は何処に行ったんだい?」
「ああ、パパさんに果物を買いに行きましたよ。自分で選ぶんだって言って。」
「果物?」
 西上父の顔が傾いた。それに合わせるようにして和輝も顔を傾けた。
「あんな方向には行き着けなんてないんだけどなあ。」
「あんな方向って、西上が何処にいるのか分かるんですか?」
「分かるよ。」
 急に西上父が顔を戻したので、和輝が前に転びそうになった。明鏡止水がそれを受け止める。
「いかんせんデス子はまだ半人前だからね。常に位置を把握できるよう、デス子の気配だけは覚えているんだ。といっても具体的に何処にいるかまで分かるわけじゃなくて大体の距離と方向が分かるだけなんだけど、今デス子がいる辺りには果物屋どころか店だってないはずだよ。」
「?」
 和輝は最後に見た切絵の姿を思い出そうとする。特におかしな様子はなかったはずだ。今日が休日だと気付いていないのか?それにしたって彼女が出てから時間が随分経っている。
「パパさん、西上は何処にいるんですか?」
「この方向で距離がこのくらいだから……

今頃採石場の辺りだよ。」



「捨石がそのような事を……。」
 採石場を離れ、山道を降りて行くミユキとその一行。かつて魔界で旅をした面子に近しいが、その時の思い出が快いものとして今の彼らに蘇っているとは言えなかった。
 捨石と名乗った亡者の遺したメッセージ。強大な力を持つ何者かが究極魔法を狙っているというもの。
 究極魔法は、隔てられた世界を元あった状態へと戻す魔法。ミユキのいる世界では既にその効果はもたらされており究極魔法は意味を成さないが、ここではない世界では意味を持つのかもしれなかった。そして、その意味するところは戦争の発端かもしれない。
「これからどうするんすか?ミユキ様、究極魔法狙ってる奴の事何も分からないんすよね?」
「勇者様。」
「は?」
「勇者様と呼びなさい。前はそう呼んでいたでしょう。」
「うう、呼ぶなと言ったり呼べと言ったり、魔族使いが荒いっすよミ……勇者様。あ、しっくりくる。」
 初めカイザルはぼやいていたが、なんか最後は納得していた。実は作者の勘違いで第一話第二章ではカイザルのミユキに対する呼び方が間違っていたのだが、訂正するよりネタに使ってしまえという天の声に従ってみた。ついでに言えば魔王に対する呼び方も違うのだが、こっちは確信犯。
「確かに今のままでは後手に回るわね。それに、向こうは人海戦術で攻めてきているから、捨石くらいに話が出来る相手が今度いつ来るか分かったものじゃないわ。」
 ミユキは大仰に腕を組んだ。鼻息荒く吐き出したかと思うと、くるりとカイザルとシリウスに向き直る。
「だから、魔王に会いに行こうと思うの。」
「えええええっ!?」
「魔王様に、っすかぁ。」
 露骨に顔をしかめたカイザルを横目に、シリウスが顔をしかめた。状況を知っているミユキは何か言うべきかと思いつつも放置した。
「わたしと魔王が手を組めば相当の戦力になる。そうなれば向こうだって半端な戦力は投入してこないわ。戦闘能力にずば抜けて秀でた手合かなら多少事情について知っているでしょう。大したことない連中を軍団率いてくるかもしれないけど、それなら指揮官が必要になるわ。そいつを捕まえて、白状しなければシリウスの魔法を使ってでも謳わせてやるわ。」
「ちなみに『謳う』というのは隠語で『白状する』という意味だぞ。」
 何処で覚えたのか分からない知識をカイザルが披露する。誰にとも無く言ったのならまだ救いがあるが、得意満面にシリウスに言うものだからややこしくなる。
「魔王なら、今は魔界にいますよ。移動を襲われるかもしれません。寧ろ魔王にきてもらうよう打診する方が無難かと。」
「うーん、でも亡者を日本に集めるってのは気が引けるのよね。」
「魔界に誘い出すのなら構わないんすね……。」
「そういう意味じゃないわよ。ただ、こっちじゃ顔が割れる恐れがあるから本気で暴れられないなって言う。」
「それはそれで勇者として問題があるかと。」
 微妙に緊迫感に書ける三人の影を、山道の遠く離れた地点から見つめる影が一つ。黒装束、というよりは黒に近い外套を羽織った少女は一丁のハサミを握り締めた。
「いました、です。」
 少女が見つめているのはミユキでもカイザルでもシリウスでもない。しかし、確実にそちらを見つめ、「いた」、と言ったのだ。
「不可視化に近い何かですけど、不完全な状態です。よほど元の魂の力が強いのか、適合しない方法を無理矢理強制しているからなのか……。とにかく、不完全なお陰で私にもはっきりと見えるです。」
 少女には見えていた。ミユキの側をつかず離れずついていく、何かの姿が。姿というにはおぼろげで、明確な輪郭を持たない。だからこそ彼女は確信する。あれは何者かの魂なのだと。あれこそが、閻魔大王・明鏡止水が話していた魂……。
 手にしていたピンク色のハサミを見る。死神の証であるそのハサミを見つめ、西上切絵は玉出和輝の言葉を反芻する。

─でも西上、これが大変な事件だってのは、お前も言ってたとおりなんだろ?そしてこれは、俺みたいな普通の奴にはどうする事も出来ない。魂の専門家、死神にしか解決できないんだ。死神に落ち度はなかったけど、それでも誰かがやらなくちゃいけない。その誰かってのは、死神の誰かなんだ。

「死神の誰か。死神の……誰か。」
 ハサミを握る手が震える。
「今、多くの死神がパパと同じ、過労で動けないと明鏡止水様は仰っていましたです。」
 切絵は震えるハサミを顎ではさみ、震えを押さえようとする。
「パパに危ない目には遭って欲しくないです。だから、だから……」

 自分しかいない。

 切絵は羽織を翻し、姿を消した。死神に求められる「不可視化」の能力は、己の姿を認識できなくさせる術。
「あの人達が悪い死神に決まってるです。でも、あの人達に見つからないまま魂を保護してしまえば、何も危なくなんてないはずです。」
 姿はない。一陣の風が山道に吹く。
 風が山を降りて行く。
「……なんだ?」
 シリウスが眉を顰め、採石場の方へ振り向いた。その方向には何も無い。それでもシリウスは採石場の方から視線を外そうとしない。
「どうしたシリウス。」
 カイザルの声も聞こえているか怪しい。と、その時!
 シリウスが急に倒れこんだ!


(あと少しです!)
 風と化した切絵の手が魂に届くまで残り僅か数メートル。恐怖心もあるが、それ以上に魂の悲鳴のような声が切絵を苛んでいた。
(大丈夫、もう怖くなんてないです。悪い人から助けられるです。ですから、もう少しこっちへ……)
 切絵の伸ばした手は。
 倒れこんできた男の体によって遮られた。
「わわわっ!」
 腕を弾かれ、切絵はそのまま地面に崩れて行った。
 風が止んだ。そして、死神は姿を見せた。
「なんだこいつは!」
 カイザルの怒声が轟く。次の瞬間には既にカイザルは身構えていた。強面の男に睨まれ切絵は怯むが、使命感が彼女を奮い立たせた。
「怖くたって、悪い人に魂は渡さないです!」
 切絵は立ち上がり、カイザルと向き合う。カイザルの向こうから様子をうかがっていたミユキが前に出た。
「貴女、人を外見で判断してはいけないわ。カイザルは見た目通りばかだけど、見た目によらずいい奴なのよ。」
「勇者様!真顔で何説明してんすか!」
「ゆうしゃ?」
 およそ悪者らしくない呼称に切絵は面食らった。悪者なのに勇者って。
「ああ貴女も思うのね?勇者ってどうかと思うのよ。『勇』の字には『男』って字が入ってるからわたしみたいな乙女には合わないのよね。」
「本当だ!ってそこじゃないです。」
「寧ろ今の説明似合いでしたよ?」
「ていうかさっき『勇者様』って呼ぶように言ったのは誰っすか。」
 三人分のツッコミが勇者に見舞われた。
「いいからあなた達は下がってなさい。丁度良いわ。訊きたい事があるの。」
 ずかずかと腕組み状態で間合いを詰めるミユキ。カイザルとシリウスは何も言わず道を開けた。切絵はぽかんとその様子を見ていた。
「貴女何者?わたし達に何をしようとしたの。」
 ストレートな質問とミユキの態度に一瞬切絵はたじろぐが、すぐに姿勢を正した。
「私は……私は死神ですっ!」
「しっ↑?」
 ミユキの声が見事に裏返った。2オクターブは裏返った。目も開かれている。後ろにいた二人も同様に、ひょっとこのような表情を作って以下略。
「亡者の次は死神ねぇ。敵さんは随分幅広い人脈をお持ちのようね。」
 呆れたように言いながら、ミユキは切絵の視線が自分を捕らえていない事に気付いた。単に自分と目を合わせようとしていないのではなく、何処か一点を険しい表情で注視している。
「まあいいわ。それで死神が何の用?」
 ここで究極魔法の名を出してくれば、死神と名乗る少女はクロだ。いつでも火炎魔法が放てるよう、ミユキは手を入念に動かしていた。
 しかし、切絵が口にしたのは予想外の一言。ミユキを指差し唸るように叫ぶ。
「惚けないで下さいです!あなた達が悪徳死神だという事は聞かされているです!そこにいる魂を大人しく返して下さいです!」
 さしものミユキもこの剣幕には圧されたが、切絵の言葉に引っ掛かりを覚えた。
(─魂を返せ─?)
 思い当たる節はある。それは、ミユキと対峙した男。捨石と名乗った男。彼は魂が石に宿った存在だった。そしてミユキは彼を倒した。
 もしも捨石の魂が石から離れてこの側にいるのだとしたら、おそらくこの死神が言っている魂とは捨石の魂の事だ。そしてそれを返せと言うなら、彼女は捨石の魂の所有権を主張しているという事だ。
 人の思いを、魂を物のように扱う敵───。
「死神。貴女の言う魂は、貴女の所有物ではないわ!それを物みたいに使うなんて……」
 言い終わるが早いか、ミユキの手が伸び、その先から炎が切絵を目掛けて放たれる。
「ひっ?!」
 しかし炎は切絵を焼く事はなく、切絵の前髪に届かないところで消えた。
「わたしは貴女を許さない、でも、貴女には話してもらう事が沢山あるわ。」
「開き直ったですね。で、でも、死神として、そんなに辛そうな魂を放って、しかも悪い人に預けるなんて出来ないです!」
「辛そう?あんたに捨石の苦しみが分かってたって言うの?」
 ミユキはカタナを構える。これに対し、切絵もまた、懐に手を入れた。
「貴女も死神なら、これが何か分かるはずです!じゃじゃーん!」
 陳腐な効果音とともに切絵が取り出したのは、どうみてもトンカチだった。
「いやさ、分からないし、わたし死神じゃないし。」
「当たり前です!死神の風上にもおけませんです!」
「ああもう、頭が痛くなってきたわ。とにかく貴女を捕まえて、色々と話してもらうから!」
 ミユキが相手目掛けて突進する。これを見ての切絵の行動は、回避、というよりも退避だった。ミユキと視線を合わせたまま後方へ上手く逃げている。ミユキも脚力には自信があったが、なかなかどうして切絵の方も足が速いらしく、間合いが詰まらない。
 しかし、ミユキの目を見たまま後方へ退避を続けては切絵の方が分が悪い。なぜなら、ここが山道だからだ。言わん事ではない。切絵の背中が後方の木に激突しようとしている。
「逃げるなら本気で逃げるべきだったわね!退路を確保しない鬼ごっこじゃ勝ち目はないわよ!」
 後方の木が邪魔で切絵にこれ以上の回避は叶わないと判断し、ミユキはカタナを閃かせる───が。
 そのカタナは空を切る。
「そんな!」
 切絵の体は、木に吸い込まれていった。呆然と立ち尽くすミユキに、前方の木からトンカチが振り下ろされる。咄嗟に我に返りカタナでトンカチを防ぐものの、カタナが勢い良く弾かれた。
「あ……。」
「死神の能力を忘れて刀を振り回すなんて、なんだか変な人です。」
 カタナを弾かれて無防備なミユキの頭上に、トンカチが掲げられた。
 まずい。何だか分からないが、あの道具はまずい。振り下ろされるのは勘弁だが、触れるだけでもまずい事が起こる。ミユキには直感的にそう感じられた。しかし防御手段を失った彼女にはトンカチに触れずに攻撃を凌ぐ方法がない。逃げようにも周りには木ばかり。全ての木からトンカチが振るわれる錯覚がミユキを支配し、行動が起こせない!
「俺、頑丈!」
 その時。
 横から突如現れたカイザルが、切絵の腕を掴み、捻りあげた。
「あぅう……」
「カイザル……?」
 カイザルはそのまま切絵の腕を背中に回し、行動を制御する。切絵はその状態にあって、誰でもない、「どこか」を必死に睨んでいた。
「ミユキ様。無茶はなさらないで下さい。亡者にせよ死神にせよ、未知の能力を持っているのですから。」
「うん、ごめん。」
 シリウスに助けられ、ミユキは切絵に向かい合う。
「さあ、話してもらうわよ。貴方達が何を企んでいるのかを。」


六道異伝
第一話「魔王逃亡」

了。
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コメント

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コメントKAZ- | URL | 2008-02-19-Tue 16:18 [EDIT]
ICO終わったので読ませていただきましたです。こりゃあ意外な展開だぜ!
キャラが多いと動かすのも大変でしょうが、頑張ってくださいね~っと。
失礼致しました。
あ、こんばんわ
コメント一九 | URL | 2008-02-19-Tue 21:07 [EDIT]
意外でしたかー。取り敢えず喜んでおきます。うやったーい!!
ただ、ここで意外と思わせておいて、このあとどのように……と考えてみると、ここからスタートすると以降の展開は王道?まいっか。
その内後書きつけます。
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