小説載せる予定が、気がつけば日記の溜まり場。 そんなもんよ。
どこへいくいく 一九の道
スポンサーサイト
-----------  CATEGORY: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ページトップへ
『仇果し編』
2007-08-09-Thu  CATEGORY: 代果し編
続きまして。ていうかこっちから見る人もいるのか?では改めて説明を。
今年春に募集が始まり、ただ今選考の最中かと思われる、第二回「ひぐらしのなく頃に」小説大賞。
それに雪嶺一九として送りました(投稿?)作品はふたつ。
ここに載せます『仇果し編』は原作部門として発表しました。落選しましたが。


こちらも字数オーバーしました。本来予定していたシナリオ全体の内、前半部分、つまり3分の2にすら届かない分量。
作品が一九のものにしては珍しく三人称で展開されていくのは、語り手が実は後半から表舞台に主人公として登場する誰かさんだから。前半だけ見たら、単なる三人称小説にしかならなかったと言うわけ。


大幅カットしたのが悔やまれる作品なので、ブログで掲載する時はディレクターズカットと称して字数に捉われずに書き切るぜ!と常々思っていましたので、やってみたいのですが……いい加減卒論に手をつけろと脅されまして、更に他の投稿用の作品にも着手して行きたいものですから、中々時間がないと言うところ。
ちなみに元々のタイトルは、これも昔書きました通り、『代果し編~最果ての復習劇~』です。
投稿時は、後半ないからこのタイトルじゃまずいな、ということで『仇果し編』と名付けました。


取り敢えず発表用のものをそのまま掲載します。

後々にちゃんとディレクターズカット版を掲載し、自己満足を謀るので、もしも「おもしろいな」と感じていただきましたら、楽しみにお待ち下さい。
感想募集中よ。

では前置きが長くなりましたが、どうぞ。


雪嶺一九版:ひぐらしのなく頃に
『仇果し編』
 最初に……いや、再度彼が気が付いたのは、すぐ側にいる若者の怒声がきっかけだった。彼の周りにいる殆どの人間が、内容まで明瞭ではないにしろ、何やら不快な罵声を投げつけているが、しかしそれは彼に対してではないようだった。全ての罵声の矛先は、彼らより遠く離れた所の「何か」なのだと、彼は直感した。低く、冷たい声が響く。
「おどれらァ、ワシの弟どもをようかわいがってくれたようじゃのう。」
 男だった。顔を上げる事が出来ず、姿を確認する事こそ叶わなかったが……彼はその男を知っていた。一斉に、彼の周りの若者達が駆け出す。今現れたあの男を始末しようというのか。彼は思わず笑みを漏らす。……出来る訳がない、と。怒声の他に聞こえてくるものは、せいぜい衝突音くらいのものだ。何かがぶつかる音。悲鳴。何かが折れる音。悲鳴。血の匂い。足音が大きく聞こえたが、瞬く間に遠ざかっていった。……逃げたか、と彼はまたも笑みをこぼす。彼はここでようやくく現状を把握した。元々の原因が何だったのかまでは思い出せないが、つまらない喧嘩がエスカレートしていった事は思い出した。足音が近くで鳴る。
「目ェ開けられるか?鉄。」
 彼は言われるままに、目を開いてみる。なかなか焦点が合わなかったが、やがて目の前にいる人物がくっきりと見えてくる。
「すまなんだ、兄貴……。」
 男は露骨に面白くなさそうに、彼の肩を持って無理矢理立たせた。
「気にすなや、鉄、お前はワシの弟じゃ。兄貴が弟助けたらんでどうする。」
 いつでも助けてやる……それが男の口癖だった。彼の方も、ならば自分も、兄が危険に見舞われた時は、一も二もなく助けに向かおう、そう決心してはみたが、兄が危険に晒される事態というのが想像も出来ない。そんな万が一が起きたとしても、自分に何が出来るものか僅かの間悩む。何も出来ないなんて事はないはずだ。ならば、ほんの少しでも良い、兄の役に立とうと再び心に誓う。
 北条鉄平は、兄に命を任せるのだと。

 鉄平達と暴漢の衝突は連日の様にあった。察しはついている。村の権力者、園崎家の仕業だ。
「そうとは限らん。が、ワシの泣きっ面ぁは大層あの婆を喜ばせるじゃろうのう。そうやって下っ端連中は追従してやがるのさ。」
「……。」
 北条の姓を持つ者は、既に村の敵として知れ渡っていた。それもこれもあの園崎家の仕業。何年か前に騒ぎになったあのダム計画。これに真っ向から立ち向かった園崎家を中心とする権力者連中、それに与する村人達。これに対し、兄の執った行動はダム計画への賛成。国が用意する保証金を新しい生活の資本にしようとしていたのだ。園崎家との対立は即ち村との対立、村からの孤立を意味していた。しかし……。
「もうダムの計画は頓挫した。これ以上、連中が兄貴やワシらを追い回す理由は何や?」
「知らん。向こうの都合じゃ。」
「そんなもんに付き合うとれんわ!」
「鉄。落ち着きや。」
 鉄平には兄の落ち着きとやらが理解出来ない。何故我慢を続けるのか。鉄平には解決方法が明瞭に示されている気がしていた。こちらが相手に譲る気はない。毎度の干渉はあちらからのものだ。こちらに一切の非はない。頭を垂れる必要はない。ならば、答えは簡単だ。簡単なはずだ。
「兄貴。村から離れんのか?」
 兄は黙って首を横に振る。
「じゃけどここでいいようにされるんを我慢するより、別のところでの生活の為に汗流す方が何倍も良い!」
 ダムの計画が倒れる前は、保証金でこことは違う何処かでの生活を考えていたはずだった。しかし、保証金は最早存在しない。引っ越すだけの余裕もない。それも分かっている。しかし、今ここで清水の舞台から飛び降りなければ、この苦境はいつまで続くものか想像も出来ない。
「鉄。今すぐ引っ越したとして、ワシらが最低限不自由なく生活出来るまで、どのくらいの時間がかかる?ワシらにとっては、大事なんは今じゃ。いつになるかわからん未来じゃ遅過ぎる。育ち盛りが二人もおる。ワシには、今精一杯育ててやらなならん家族がおる。」
 家族……この単語に鉄平は苛立ちを覚える。兄に子供がいるのは事実だ。しかしそれは、兄とは血の繋がりが全くない義理の家族。そんなものの為に兄が矢面に立たされる。そんな連中が、兄の足を引っ張っている。
「家族っちゅうんは、協力するもんやろ。ガキどもにしたって、家族の為に今我慢するくらいの甲斐性持つべきちゃうんか。」
「鉄。怒るなや?偉いもんが何でも決めて良いっちゅうんならな、それはあの園崎のオイボレと同じ考えなんや。」
「な……!」
 何を言っているのか……咄嗟に口から出ようとした反論は、一瞬遅れて言葉の理解が脳を独占した事で遮られる。
「確かに、ワシも強い奴が何でも出来ると思うた時もある。じゃけどダムの一件、それから村のやり方を見て、そんな考えが間違いやと気付かされた。そういう考えも知って欲しい。村人に、違うな、子供らにの。」
「兄貴……。」
 これは兄の選んだ戦いでもあった。大人として……子供達に不当な圧力に屈しない背中を見せる為でもあった。それが兄の考える父の役割……?兄は、父であろうとしている。鉄平は強く頭を振った。不公平だ。兄が父であろうとしても、兄が家族と呼ぶ自分以外の連中は、揃いも揃って兄の足を引っ張っているのだ。そんな連中を家族などと認めてなるものか。
「なァに。頭領はじきにくたばる死に損ないじゃ。世代交代にしても、時期当主様は悟史とよう変わらんガキじゃ。耐えれば必ず解決する。それに……。」
 兄は鉄平に目配せをする。
「相互理解っちゅうんが家族には必要やと、役所の奴は言うとった。ワシはそれが、村にも必要なんと思う。」
「役所?そんなんと話すなんぞ、何があったんじゃ?」
「沙都子の奴がの……ワシと馬が合わんで、虐待をでっちあげよった。」
「あんじゃとおっ!?」
 自分の声に驚かされた。自分が怒っていると気付かされた。拳が震えている。呼吸が乱れている。兄を睨んでいる。いや、兄が悪いのではない。分かっている。しかしだからこそ、兄が何故冷静なのかが理解出来ない。
「ワシにも非はあった。沙都子との間の溝に気付かなんだ。悟史の奴がしっかりしとってな。妹の世話をようしとったらしい。あいつと一緒の時は沙都子は大人しかった。じゃから気付かなんだとは、全く情けない。」
「何を言うとるんじゃ!兄貴は悪ゥない!……沙都子、今に見とれよ……。」
「鉄、聞け。ワシは怒っとりゃあせん。ただ、情けないんじゃ。子供の気持ちに気付いてやらんと、今まで家族面しとった自分がな。」
 確かに、兄は怒りなど感じさせなかった。しかし、兄が間違っていないのも確かなはずだ。兄が怒りを忘れたのなら、代わりに自分が怒ろう。兄の分と自分の分を。兄が沙都子を然るべく躾けないなら、自分こそが……。
「ワシは、力づくで解決するような真似はせん。沙都子が心を開いてくれるまで……いつになるやろうなぁ、見当もつかんが、待つとする。なに、こちらが誠意をもって近付けば、きっと上手く行く。」
「“誠意”ねえ。兄貴、お役所様に言いくるめられよったな?仏様の口振りじゃの。かえって縁起悪いわ。」
「ワシにゃ合わんか?なら“意地”で構わん。それに、悟史もおる。ワシや家内の言う事は聞かんでも、悟史にゃ反応するんでの。」
 悟史。沙都子の兄。妹の世話をする兄、か。
「悟史っちゅうんは、よう知らんが、どんな奴じゃ?」
「腹割った話もまだじゃが、そやな、優しい奴じゃ。苦労かけとる。本心隠して滅私奉公してまう奴じゃ。」
「ほォう。兄貴とは似とらんの。」
 兄は本心がそのまま他人の為となっているような人間だ。兄は「さあな。」とだけ言った。どれだけ似ていなくても、たとえ血は繋がっていなくても、悟史は「北条」を名乗る。兄の家族として。そしてそれは沙都子も同じ。……くそ。嘘の通報で他人を陥れようとする奴が、「北条」を名乗るなど!
「悟史は、家族旅行の旨も沙都子に伝えてくれた。ワシらが誘ってもごねるだけやったっちゅうに。」
「旅行?ああ、祭の日の。」
 もうじき、村一番の祭がある。村民は誰もが参加するが、村民扱いを受けていない北条家にとってはどうでも良い事だ。村にも居所がないのだから、その日を見計らって旅行に行こうという話があった。鉄平は兄の妻を快く思っておらず、同行を拒んでいたが。
「四人水入らずの旅行ちゅう訳やな。」
 鉄平は言葉を選んだ。「家族」でもなく、「親子」でもない。決して……認めない。
「ああ……悟史は来れんでな。日が悪かったらしいの。用事と重なってしもうた。」
「……。」
 不吉な気配が鉄平の脳裡をよぎる。現段階で心を開いていない沙都子。悟史という仲介無しに、兄やあの女と満足に旅行など出来ようか。兄は自分と違い軟弱ではないが、それでも同じ人の子だ。連日有象無象どもを相手にして堪えていないはずもない。旅行先でまで心労を重ねるような事にはしたくない。
「兄貴、その……。」
「ふん、旅行を中止しろ、か?」
「……悟史がおらん内は、よした方がいい。悟史が揃うのを待ってからでも問題ないじゃろ?悟史にしたって、自分抜きで兄貴らが恙無く旅行しとるか心配になるやろ。そいつの為にも……。」
「それは悟史の為にはならん。」
 兄は強い口調で断言する。
「鉄。家族の面倒見たるんは親の役目じゃ。悟史の役目は違う。今まで悟史にまで余計な負担を掛け過ぎとる。いつまでもあいつをアテにも出来ん。それに、ようやっと沙都子と取り付けた約束じゃ。悟史が作った約束じゃ。それを無下にするんは、悟史の誠意を無下にするんと同じじゃろ。」
「……。」
 自分の顔というのは自分では分からない。ただ、鉄平の顔が兄を大いに心配させたらしい事は理解できた。兄は元々面倒見が良かった。自分だけではない。兄を慕う人間は数多くいた。兄はそんな連中を差別せず、一人の人間として見て来たはずだ。だが今は違う。あの女とその子供二人、奴らを自立した人間としては扱っていない。兄だけが、一方的に彼らを育てる。奴らが生活出来るのは全て兄のお陰なのだ。それなのに奴らは、兄に恩を返さない。沙都子にいたっては兄を邪険に扱っている!鉄平が理解できないのは、そんな目に遭ってまで、兄が奴らの世話を続けている事だ。何故!?そんな事をして何になる!?足手まといに目を配る余裕が何処にある!?
 兄は、「家族だから」というのだ。しかし、鉄平にとっては兄が奴らの「家族」だとは認められない。家族は、互いに助け合う、強い絆で結ばれていなくてはならない。兄はその絆をこれから作ろうという。しかし、真の「家族」なら、最初から絆が存在して当然だ。わざわざ憎まれてまで作らなければならない絆など、とても「家族」と呼べるものか。
「そんな顔すなや鉄。安心せい。悟史がおらんでも、仲良うしたるわい。」
 自分がどんな顔をしていたのかは分からない。兄は笑うだけだった。その笑顔は鉄平を、いや、万人をも安心させられるような頼もしさがあった。
 そうだ。何を悩む必要がある?兄を信じていれば良い。それだけで良い。余計なものも余計な奴も要らない。兄に出来ない事などあるものか。兄には自分がいる。自分は兄の力になる。そう思えたら、自然と口が緩んでいた。
 二人分の笑い声が部屋に満ちる。こうやって兄弟で笑い合ったのは、いつ以来の事だったろうか。園崎家との煩わしい喧嘩の所為で、随分長い間自分の笑い声を聞いていなかったのではないか?鉄平は改めて思う。兄は偉大なのだと。
 兄と沙都子の距離が近付く事は、旅行の間はないだろう。しかし、もしも沙都子が兄を慕ってくれたなら……その時は自分も沙都子を家族として認めてやれるかもしれない。欲しいものをねだるなら与えるかもしれない。自分が与えたものには、沙都子は名前を書くだろう。「北条沙都子」だ。なかなか良い名前ではないか。
 だが……その日が来なかったら?
 自分が文句を言っても、今日の様に兄に言いくるめられてしまうかもしれない。それなら仕方ない。様子見を続けよう。しかし、いくら待っても沙都子が兄に懐かなければ、その時は……
 自分のやり方で、兄の力になろう。

 そして祭の日。もっとも鉄平にとって祭など知った事ではないので、重要なのはこの日に兄達が旅行へ行くという事だけだ。今頃「北条一家」は市外へ出た頃だろうか?兄はうまくやっているだろうか。いや、兄は心配ない。問題はあの娘。兄に不要な心配をかけさせてはいないだろうか……。何をする気も起きず、鉄平は一人酒で気を落ち着かせようとするが、なかなか眠れないまま、汗まみれでまどろみの中を彷徨った。
 まどろみの中にいたから───側に人が来ていた事にも気付けなかった。
───鉄。なんじゃ、寝とるんか?
「兄貴?」
 鉄平は思考を巡らせた。兄なら今頃旅行先だ。遅めの朝食でも食べているだろうか。こんなところにいるはずはない。だが、眼に入ってくる光量の少なさから、今が昼ではないように思える。気がつかない内に眠っていたのだろうか。今は既に夜で、兄達は帰って来たのだろうか。
「荷物降ろしか?ちょっと待ってくれェな、今起きる。」
 口でそう答えてはみせたが、体は言う事を聞かない。まだまだ睡眠を欲しているようだった。
───鉄、ワシの事なら……気にすなや。
 兄の声もよく聞こえない。頭もまだ半分以上眠ったままらしい。しかし、旅行から帰ったばかりの兄の方が疲れているに決まっている。気にするなと言われても、荷を降ろすくらいの事は引き受けよう。その前に体を起こさなければ。
───ええんじゃ。お前はいつもワシを気遣っとった。もうええんじゃ。
 鉄平は兄の言葉に違和感を覚えた。具体的に何だと指摘は出来ないが、何かがいつもと異なっていた。鉄平は何度も身体を起こそうと試みているが、体が動く気配は全くない。
「何を言うとる兄貴……兄貴?」
 起きようという意志とは逆に、身体の自由は完全に失われてしまう。頭のハタラキも鈍り、お互いの声もうまく聞き取れなくなっていく。微かに聞き取れたのは……
「           」
「兄貴──────!!」

 辺りを見回す。ここは部屋だ。鉄平は自分の部屋にいた。兄は何処にいる?部屋にはいない。布団が気持ち悪いくらいに湿っている。どうやら随分眠ってしまっていたらしい。周りはもう暗くなり始めている。さっきのは夢だったのだろうか。しかし考えてみれば当然だ。兄達は今頃、家に向かっている途中だろう。……うるさいな。さっきから電話が鳴り続けている。……電話?鉄平は、今度は簡単に起き上がり、受話器を取る。椿の声が飛び込んできた。
「何……?」
 今、椿は何と言ったのか。鉄平は寝起きだ。何かの聞き間違いかもしれない。鉄平は椿に同じ言葉を繰り返させる。受話器からは、しばらくは深呼吸の音が聞こえていた。
「鉄ちゃん。落ち着いて聞いてな。兄貴が……。」
 兄が死亡した。


 兄はあの女ともども、何処かの公園から転落したらしい。
 鉄平には玉枝という妻がいたが、既に不仲な間柄になってしまっていた。鉄平に言わせれば、園崎家の圧迫によって平穏が保てないのが原因として大きいとなるだろう。だからこそ、鉄平の最大の心の拠り所は最も近い肉親である兄、ただ一人だった。鉄平は待った。兄の帰りを、その報せを待った。帰ってきたら、旅行の荷物を運んでやろう。部屋の掃除はしてやらないぞ、兄貴が自分でやってくれ。兄は無敵なのだ。きっといつか、泥まみれの服をはたきながら帰ってくるに決まっている。早く帰って、自分に電話でも寄越して欲しい。ただいまと言って欲しい。待ってるからな、兄貴。
 しかし、いつまで待っても兄は帰っては来なかった。兄の死という現実が鉄平の心まで侵し始めた。兄が遺したもの。例えようのない悲しみ。悲しみをごまかすだけの、莫大な虚しさ。それと、厄介な荷物。悟史と沙都子を、鉄平達夫婦が預かる事になった。
「あんたの兄さん、面倒残してくれたわね。」
 玉枝が毒づき、鉄平は思わず睨みつけた。だが、玉枝は鉄平の視線を受けても涼しげにしていた。
 面倒なのはガキどもだけだ。兄は悪くない。兄に非はない。そうだ。兄はいつも被害者だった。いつも損な役回りだった。兄は村民を思って園崎家に立ち向かった。どうして兄だけが。北条家だけが村八分の憂き目を負わされなければならない?どうして兄だけが悪者扱いされ、兄が庇ってきた連中にさえ蔑まれなければならない?……狂っている。雛見沢という村は狂っている。あの村は兄を追放した。
 兄には蓄えがあった。ガキ二人分を養う事を目的としただけの額であり、それ以上に蓄えがあったわけではなかったが、その養育費だけで、数字で言えばかなりの額はあった。自分は兄のようにはしない。ガキどもの生活が多少苦しくなろうとも。「家族」の為に引っ越そう。それがゆくゆくは連中の為にもなる。
 椿から電話をもらったのは、その頃だった。兄の家にガキどもを翌日に引き取りに行こうという日の、前夜の事だった。
「なんね椿。こんな時間に。」
「鉄ちゃん。どうも変な噂を耳にしてな。本当かどうかは分からん。聞いてくれるか?」
 椿の話によると、兄の転落時に沙都子が車で寝ていた、という証言に矛盾があるらしい。沙都子は兄を見つけられなかったのではなく、転落するところを目撃したのではないか、との事だったが、それだけでは不十分らしい。
「おう。あれは兄貴が落ちるんを見たはず。同時に兄貴を落とした奴の顔も。」
「兄貴を落とした!?」
 鉄平は驚愕する。そうだ。そうだ。初めから違和感を覚えていた。兄ほどの者が、迂闊にも崖から転落するなど考え難い。確かに、何者かに突き落とされたと見る方が納得できる。沙都子は何を見た?相手の顔を見たかもしれないが、そもそも突き落とされる瞬間を見たとは限らない。しかしそれでも、十分証拠となるはずだ。しかし、それなら何故沙都子は黙っているのか。口止めされたとも考えられない。兄を始末できるほどの者なら、現場を目撃されたと気付けば口封じに沙都子を消すだろう。
「それもそうか。確かにあれを生かす必要は……待てよ?鉄ちゃん、兄貴はあれ、偉ゥ気にかけとったんな。」
「?おお。」
「そんなら、もしあれが危なっかしい事しよったら、我が身構わんと助けるんと違うんか?」
「!!」
 最初に危険に遭遇したのが沙都子で、兄はそれを救い、逆に転落した?確かに無理のない考えだ。沙都子は母に似て狡猾だ。自己保身の為に嘘の証言をしてもおかしくはない。……自分の命を救った人の気持ちを踏みにじってでも。
 とにかく、沙都子は何かを知っている。それを聞き出し、必ず兄の無念を晴らす。鉄平の胸の内に、復讐の炎が灯った。

 翌日、玉枝とともに兄の家に向かう。そこは兄の家でありながら、兄が出迎えてくれる事はもう二度とない。出迎えるのは、兄の代わりには遠く及ばない二人のガキだ。車が通る音に反応してか、わざわざ外まで出て来ている。二人とも生気のない面持ち。鉄平とて血色が良いとはいえない。しかし落ち込んでいられないのも事実だ。早速沙都子に事件の真相を尋ねようとする。
「のォ沙都子。ワシに本当の事を教えてくれや。お前、兄貴が落ちた時、本当は何処で……。」
 沙都子の顔が歪む。双眸は鉄平を向いてはいるが、捉えてはいない。何に怯えているのか分からないまま、鉄平は沙都子に両腕で突き飛ばされる。不意打ちではあったが、体重差もあってそれほどの効果は上がらなかった。
「何すんじゃ、こんガキゃあっ!」
 沙都子が見せたのは明らかな暴力、十分な敵意!鉄平の腕は考えるより先に振り上げられており、それが沙都子に振る降ろされるまで一秒もかからない!そんな僅かの間に、邪魔が入った。
「ひぃ、あ、あああ……。」
「ぬゥ?」
 拳を振り下ろした先にいたのは、悟史だった。
「おじさん、沙都子は毎日警察の人の取調べがあって、参ってしまったんです。今は、もう少し休ませてあげたいんですが。」
「じゃかあしや!証言は嘘やと聞いたんぞ!ワシは兄貴に手ェ出したボケナスを潰したらな気ィすまんのじゃ!沙都子には必ず口割ってもらう。邪魔になるんなら、おどれも容赦したらんぞ!」
 鉄平は悟史を放り投げ、沙都子へ向きを変える。逃げ回る沙都子をどうやって捕まえるか考える間に、すぐに悟史が邪魔に入る。その繰り返し。
 沙都子の泣き声が癇に障る。あいつは何故か「にーにー」と泣くのだ。およそ人間の泣く声ではない。畜生だ。こいつは「にーにー」と鳴く不気味な畜生なのだ。こんな奴の為に兄は苦しんだ。挙句死んだ!……悟史が鉄平に組み付く。こいつは何度払ってもたかって来る虫ケラだ。いい事を思いついた。払うのが面倒ならば、こいつを沙都子に投げつけてやろう。それで沙都子の足が止まるなら一石二鳥という奴だ。鉄平は悟史を担ぎ上げる。……どォらっ!!!
「嫌ァーーっ!!!!」
 沙都子は逃げた。鉄平からも、悟史からも。
 この瞬間鉄平は、全身の血が一度に消え去った様な感覚に陥った。悟史は、沙都子を庇って殴られ続けているのだ。沙都子はそれを見て何とも思わなかったのか?悟史が自分の方へ投げつけられて、受け止める事は叶わないにしろ、駆け寄るとか、悟史を連れて逃げようとかそんな考えは浮かばないのか?……そうか。そうだった。こいつは兄をも平気で見捨てる畜生、いやそれ以下のゴミだ。全身に怒りが漲る。兄に手を出した奴なんていないんじゃないか?椿の言う通り、こいつが原因なんじゃないか?仮に実行犯がいたとしても、兄が易々と手にかかるはずはない。そうか。こいつの事で疲れていなければ死ぬはずがなかった。こいつが兄を苦しめ、殺した、災厄の根源!許せない許さない許されない!……そして悟史が立ちはだかる。
「なんね悟史、その目は……!!」
 その目に憎しみを宿して……気迫には敵意を宿して、悟史は妹を庇い、鉄平と向き合う。しかし、力無き勇気は無謀でしかない。何度阻んだところで、一度の例外すらなく排除されるのが関の山だ。それなのに、何故悟史は沙都子を庇うのか。どうして一人で暴力を受け続けてまで、こんな奴を守ろうとするのか。考えがここに至った時、鉄平は奇妙な既視感に見舞われた。今の悟史と同じ行動をとった人物に心当たりがあった。傷だらけの身を呈してまで、己を盾とする男に。
「あ、ああ……」
 そんなはずはなかった。彼がいるはずはなかった。しかし、ここは彼の生家であり、悟史は彼が……鉄平は認めたくなかったが……家族と呼んだ人間。彼が今ここに現れたとしても、不思議な事ではないのかもしれない。「あ」に続く言葉は、鉄平にとって認められないものではあったが、その言葉は口で止まらず、不意にこぼれた。
「兄貴……。」
 再び悟史の目を見る。その目は自分を敵として扱っている。兄の面影がそのまま、自分を敵にしている……。
 どうして?自分が兄に嫌われなければならない理由が何処にある?自分は兄の為に真相を求めている。感謝されようという下心はないが、それでも憎まれるような事をした覚えはない。そんな目で見られる筋合いはない!!
「早う入ってしまわんね。荷物も。外で騒がし過ぎたら、何言われるか分かりゃせん。」
 玉枝が、ひどくつまらなさそうに鉄平を促す。鉄平はようやく我に返り、返答をせずに荷物を運んだ。

 それからしばらくは、鉄平が雛見沢に落ち着く気配はなかった。兄に拒絶された、というのが理由の最たるものだった。
 兄が子供達に伝えようとしていた意思。強い者に決して屈せず、理想は一切の暴力的手段を執る事無く抗う事。これは、悟史に伝えられていた。いや、あの豪快な兄が急に悟りを開いたような考えを持つのは不自然だった。兄も悟史のやり方から学んだのかもしれない。いずれにせよ、悟史と兄のやり方には共通しているところがある。悟史が、兄の背中を見ていたという事になるのだろうか。ならば、悟史なんかとは比べ物にならないくらいの時間、兄の背中を見てきた自分はどうか。自分は兄の味方でいるつもりでありながら、兄の意思を伝えられてはいない……もしそうならと少し考えただけで、虚しさが世界を覆うほどに広がる気がした。それだけ兄は鉄平の拠り所であり、兄の意思は鉄平にとってもかけがえのない存在だった。
 兄が死んだあの日の夢を、何度も思い出した、思い出そうとした。兄は最期の最期に、自分に何を伝えたのか。何度頭の中を探しても、溢れてくるのは余計な情報ばかりで、肝心な言葉は一度として取り戻せなかった。
 興宮で愛人の律子のもとに身を寄せて少なくない月日が流れた。その間に様々な事があったが、どれも瑣末事に過ぎなかった。最大の心の拠り所を失った衝撃に勝る報せなどあるはずがない。自分の死すら兄の死の前には霞むだろう。噂では律子が厄介な面倒事に首を突っ込んでいるとかいないとか……そんな話だが、律子がクロであったところで、その時は手を切れば良いだけだ。最悪そこで人生を終えても未練などない。そんな考えが突然に終わりを迎えたのは、昭和58年6月のある日だった。
 律子は帰って来ない。代わりに部屋に上がり込んで来たのは黒服連中。鉄平はその中にいくつか見覚えのある顔を見つける。……園崎家の連中か。関節を鳴らし、適当に身構える。
「って、そんなに構えないで下さい。私達は敵じゃあありませんから。」
 女の声。しかし、続いて部屋に姿を見せたのは黒服の男。しかもその男は鉄平も迂闊には手を出せない人物だった。葛西辰由、彼がこの場に現れるという事は、律子を探しに来たのだろうか。
「こりゃどうも……わざわざおいでなすって悪いんですけど、律子の奴は今ぁおりませんで。」
「ご心配なく。貴方に用があるんです。それに、用があるのは私です。」
 再び女の声。続いて、葛西の後ろから何者かが現れた。声の主らしいが、その顔は狐面に隠されて見て取れない。
「何じゃおどれは。顔も見せん相手なんぞ信用ならんわ。」
「顔も名前も教える必要はありません。信用も結構です。私達は貴方の味方でもありませんから。」
 女の高圧的な態度が鉄平の気分を害したが、葛西が横にいる手前、下手に反抗も出来ない。
「結論から言います。このままでは貴方は死にます。私達は、貴方を狙う組織を掴みたい。その意味で貴方には生きていてもらいたいんです。」
「勝手じゃの。しかしワシを殺すなら、律子を狙っとる連中に決まっとりゃせんかい?」
「それしきの相手ならこちらで処理しておきます。肝心なのは、オヤシロさまの祟りを起こしている犯人の方です。既にお気付きでしょう。あの一連の事件が、北条家を抹殺する為だけに連続している事に。」
「……?待たんね。」
 鉄平にとって『北条家』といえば、親を除けば兄と自分、せいぜい玉枝を含むかと言った程度だが、悟史達も傍目から見れば『北条家』だろう。しかし、最初の年の現場監督の死と三年目の神主夫婦の死については、北条家は一切関わっていないように見える。
「一年目がどうこうというのではなく、二年目以降を一年目の事件に合わせたと考えるのが妥当でしょう。神主夫婦の件については、他ならぬ御三家の一角を崩しています。あの神主は北条家を擁護していました。御三家が内部から崩れる前に手を打ったのでしょう。本来ならば、三年目も北条家から二人が消え、昨年には根絶が完了していたはずです。」
 女の言う事は理に適っていた。だが腑に落ちない。もしオヤシロさまの祟りが北条家を狙うだけの事件なら、そんな真似をするのはおそらく園崎家の連中だ。しかし、今この話を持ちかけてきた女が連れてきている連中もまた、園崎家の者達なのだ。
「フン。園崎家も一枚岩と違うっちゅう事かい?」
 葛西が身を乗り出そうとしたが、女によって制された。
「本来御三家は村を治めるべき機関。確かに、その為には手段を選ばないという面は否定できません。ですが、それならば今更北条家が狙われる理由は何だというのでしょうか。不和を招いた元凶は既に三年前に始末しているのですよ?」
「元凶じゃとっ!」
 鉄平は女に食って掛かるが、今度こそ動いた葛西に抑えられた。
「落ち着いて下さい。彼等の死は済んだ事。ですが貴方の命は私達が」
「ワシのなんぞ知らんのじゃ!兄貴が、兄貴がァッ!」
 そう、鉄平にとっては兄こそ全て。兄を貶める輩は許さない。兄を守らない奴は許さない……だから、兄を守れなかった自分も許せない。兄が死んだのに、自分だけが生きている事が、耐え難く苦しいのだった。
「失礼致しました。謝罪します。しかし、もしお兄さんの死を悼むお気持ちがあるのなら、私達に協力して頂きたいのです。」
 ……どういう事だ?鉄平はもがくのを止める。
「私達が捕まえようとする相手こそが、お兄さんの仇ですから。」
「!!」
 鉄平は狐面を凝視するが、その面からは何もうかがえない。女の言う事はあり得る話だった。オヤシロさまの祟りが北条家の殲滅を謀っての事件なら、祟りを起こしている者こそが兄を殺した張本人。そしてそいつは、これまでに北条家の者を次々と手に掛け、数日後には鉄平の前に現れる……?
「ワシの前に出よったところを、あんたらが捕らえるっちゅうんか?」
「協力してくれますね?」
 女は鉄平の質問に質問を返す。質問ですらない。鉄平が囮となる事を確認しているのだ。自分が利用されるのはかなり気分が悪いが、それが兄の為ならば割り切れる。自分だろうが園崎家だろうが、利用してやる。
「犯人を捕まえた後はどうすんじゃ?」
「今はっきりさせておくべき事は、私達が協力関係を結べるか否かという事です。」
「フン。まあいいじゃろ。しかし今日から祭まで、あんたらがワシを見張るんか?落ち着かん話しよの。」
「いえ、今では一人になったあなたを監視するのは、私達の存在が奴らに勘付かれ易くなり確実性が失われます。そこで貴方にはもう一人の北条家の生き残り、北条沙都子と生活をともにして頂きたいと思います。」
「!!」
 『北条』、沙都子。その姓と名の組み合わせに、鉄平は酷く嫌悪感を覚える。
「あいつは……北条と違う。」
「何か仰いましたか?」
「あいつは北条の人間じゃない!」
 鉄平の声が荒くなった瞬間、葛西が鉄平を組み伏せようとするが……抑えられない。葛西が仕方なく目配せをし、黒服が数人がかりで鉄平を床に伏せるが、なおも鉄平は叫び続ける。
「北条の名はワシと兄貴のもんじゃ!あんな卑劣なガキが名乗って良い名前と違うんじゃ!」
 鉄平は立ち上がろうとする。しかし叶わない。男達の力によって組み伏せられたまま動けない。しかし構わない。どんな力にも屈しない。鉄平はなおも立ち上がろうとする。
「その通りですよ。本当、貴方の仰る通りなんです!」
 動けない鉄平の眼前に、手が差し伸べられる。抑えていた男達の力も緩まり、訳も分からぬまま、鉄平はその手を取る。
「大人と子供は別なんです。子が全て親の代わりになる訳がないんです!悟史くんの事をなんにも知らないくせに、ただ北条の息子だからと言う理由だけで、どうして虐げてしまうの?家や名前の決まりが、その人の価値より大事だって言うの!?」
 今度は女の方が声を張った。その中の一つの単語に鉄平は引っ掛かった。「悟史」。確か女にとっても、祟りを起こす連中は敵なのだと言っていた。ならば女の目的は、悟史の仇討ちという事になるのだろうか。
「北条鉄平さん。残念ですが、連中にとっては貴方も沙都子も一括りなんです。だからこそ理解させましょう。己が罪を。懲らしめてやりましょう。愚かなルールを!」
「その為には沙都子のもとへ行くのが必要、なんか?」
 狐面が縦に振れる。正直なところ、沙都子なんて顔だって見たくない、だが、兄の無念を晴らすには必要なのだ。適当に世話をしてやるくらいにして、あとは放っておくのが良いだろうか。鉄平が頷くと、女は沙都子を捕まえる算段を教え始めた。

 鉄平は、沙都子を甘やかすつもりはなかったが、かといって必要以上に干渉するつもりもなかった。この心境は、彼が兄の家に足を踏み入れた時に変化する。
「なんじゃあ、こりゃあ。」
 その家には、人の気配はない。かつて兄が自分達と生活を共有した空間は、僅かも残されてはいなかった。力なくくずおれた鉄平の肩に、葛西が手をかけた。彼が言うには、沙都子は今、古手家の一人娘と共に生活していて、この家に出入りはしていないらしい。
 何故だ!どうしてあいつは、人が大事にしているものを平気で台無しにしていくんだ!まるで疫病神!兄も、沙都子の母も兄も、全てあいつに関わったために死んだんだ!……自分は消されない。兄の仇を討つまでは、やられるものか!……本当の敵は兄の仇だが、沙都子がいなければ兄は心労を重ねずに済んだのだ。こいつにも償ってもらわなければならない!鉄平のやり方で、十分に躾けてやらなければならない。
 鉄平は葛西の手を払いのけ、立ち上がる。
「沙都子を、迎えに行ってきまさ。」

 村を歩く沙都子は、一瞬見分けがつかなかった。鉄平の記憶の中の沙都子は、いつも土気色の顔でボソボソと喋り、いつの間にか喚いていた。それが今ではなんだ。下品な笑いを響かせて、肩で風を切って村を歩いているではないか。……どうして、お前にそれが許される?兄は村人の為に尽力し、村人達に冷遇された。兄は沙都子の心配をしていて、沙都子に見殺しにされた。……どうして、沙都子は笑っている?許せない許さない許されない!
 そんな腹立たしい薄ら笑いも鉄平の顔を見るなり消え失せた。鉄平が沙都子を引き取り、兄の家で「躾」ていく内に、記憶の中の沙都子に戻っていった。しかし、喚く事は少なくなった。多少は、耐えるという事を学習したらしい。しかし最大の違和感はそこではなかった。こいつの泣き声はもっと不気味なものだったはずだ。具体的には思い出せない。思い出せないし興味もない。単なる変化だろう。
 そして、いよいよ運命の日……祭りの日を翌日に控えたその日。それまで接触がなかったあの狐面の女から言伝があった。もしも何者かが沙都子を祭に誘うような事があれば、沙都子を祭に送れ、という指示だった。葛西達の方で、沙都子を見張る都合をつけているのかもしれない。後に、沙都子の友人を名乗る子供から連絡があった。鉄平は指示通り、沙都子に祭へ行くように伝えた。
 自分に強力な後ろ盾があると思うと、失敗する気がしなかった。鉄平に不安はなかった。明日で終わる。全部終わる。泣きを見るのは、奴等の方だ。

 鉄平は不思議な感覚で祭りの日を迎えた。興奮状態ではあるが、ひどく落ち着いているとも思える、不安定なようで安定した感覚。相手は十中八九自分を狙ってくる。例外があるなら、北条家を庇った古手の神主がやられたように、北条を守る者……今回で言う、あの狐面の女が代わりに狙われるかもしれない程度だ。ありえない話ではないが、狐面が複数名で動いているのに対し、北条家は残り二人。鉄平にいたっては、祭の最中は家の中に一人きりになる。自分の方が狙い易いはずだ。しかし、敢えて狙われ易くする事で、気を締める事が出来る。自分は兄ほど強くはない。兄を始末した連中を相手にするとなると、気後れするところもあったが……怒りがそれを補い、埋め尽くす。早く自分を消しに来い。自分は兄のように簡単には消されない。
 沙都子を送り出してからは、今夜が勝負なのだという焦りや不安が、ようやく彼の心を侵し始めた。鉄平は気分を落ち着かせる為に、居場所を変えた。かつて兄がいた部屋。かつて二人で過ごした空間。鉄平は座布団を二枚用意し、一枚を自分の前に置いて、座る。
「兄貴、聞こえんかもしれんけど……まァ座りや。」
 当然、返事はない。しかし鉄平は続ける。
「三年前の今日やんなあ……兄貴等が旅行に行って……その先で、何があったんかは知らんが……。」
 部屋の静寂が、語りかける者など存在しない事を鉄平に諭しているようにも見えた。しかしそれでも、たとえ誰の耳にも届かないとしても、鉄平は続ける。
「兄貴の仇はワシが取る!どいうじゃろうと、必ずぶちのめっちゃる!」
 叫んでも、抗っても……声は響かない。兄の部屋は依然として静かなままだった。かつて兄弟の笑う声で満たされた空間の面影は微塵も残されてはいなかった。
「兄貴……三年前の今日、ワシのところへ来たろ……何かを言うとったろ……兄貴、最期に、一体何を言うたんじゃ……?」
 ………………長い沈黙が続いた。いや、黙っていたのは、鉄平一人だけだった。彼以外のものは、何かを伝える術さえ持ち合わせていないのだから。だから、鉄平は黙って部屋を後にした。彼の前に敷かれた座布団に、数滴のしずくが落ちた事に気付かずに。
 既に雲行きは怪しくなっていた。そのしずくは、天から落ちてきたのだろうか。

 不穏な電話が、鉄平の緊張を高めた。警察が沙都子を預かったので、署まで来いと言う内容だった。狐面の女のところへ問い合わせる。
「罠ですね。沙都子は今友人と一緒にいます。警察の世話になんてなっていません。それより、貴方は動かないで待っていて下さい。貴方の背格好に似た者を囮として歩かせますから。」
 女の判断は冷静だ。相手の粗を見抜き、捕獲する事を最優先に考えている。
「そんなもんは不要じゃ。」
「どういう意味です?」
「あれはワシの敵じゃ!ワシが真っ先に潰す!早いもん勝ちじゃ!」
 相手の返事も待たずに電話を切り、スクーターへ走る。雨具も武器も持たずに、エンジンをふかす。
「兄貴、待っとれよ……。」

 園崎詩音は、握っていた受話器を無表情のまま荒々しく床へ叩きつけた。
「分かっていた事ですが、やっぱり疲れますね、ブタの世話は。本当、あんなのと悟史くんを十把一絡げにする人がこの村にいるなんて信じられません。」
「詩音さん、どう動かしますか?」
「はいはい、そんなに焦らない。ちゃんと考えてますよ?鬼婆を見返したい気持ちもありますからね。」
 かつて詩音が、連続怪死事件の主犯として雛見沢御三家を疑った際、園崎家当主・お魎はこれを一笑に付した。園崎家と関わりがないなら、事件の調査に園崎家の力を借りても文句はないか、という詩音の鎌かけに対しても、やれるものならやってみろ、と挑発するような返答だった。そうでもなければ、葛西を初め、これだけ多くの人員を割ける事はなかっただろう。
「沙都子については現状維持、監視を続行して下さい。鉄平に関しては、おそらく今の彼は、近寄る者を皆敵だと捉えてしまうでしょう。偵察を仕向けても同士討ちになりかねません。それより……前原圭一はどうなっていますか?」
 詩音は鉄平と沙都子以外にも、前原圭一という男にも監視をつけていた。葛西が報告を受け、詩音につなぐ。圭一は雛見沢分校を経由し北条家に向かったらしい。自転車に長物を積んでいるという情報もある。
「ふうん。やっぱりお粗末ですね。でも、鉄平と鉢合わせちゃ最悪です。手荒な真似になっても構いませんから、前原圭一を確保して下さい。」
 詩音の指示は、速やかに実行される、はずだった。

「うがっ!」
 鉄平のスクーターに何かがぶつかり横転する。辺りを見ると、そこは普段から人気が全くない道。わざわざこんなところで襲ってくるという事は、敵は鉄平が想像した以上に小心者かもしれない。鉄平の目がはっきりと捉えた人影は一つだけ。どこかに伏兵がいるのだろうか。しかし、目に映る敵はひどく興奮していると見える。とても何か作戦があるとは思えない。……先ずはこいつを退ける事に神経を注いだ方が良さそうだ。相手の外観は幼い。しかしその手口はなかなかに狡猾だ。その手に握られた金属バットが、緩やかに振り上げられ……!!
「死ねえええええっ!!!!」
 鉄平は少年のバットをかわしきれず、右腕に鈍い痛みが走り、残る。その痛みに気をとられ、薙ぎ払うように振るわれた二撃目をも右肩にもらってしまい、地面に倒れこむ。しかし、これらの痛手が鉄平の気を落ち着かせる事になった。落ち着け、クールになれ。相手はバットを武器、凶器として扱う事に慣れていない。バットでは、動き回る相手に向かって走りながら振り回して、一撃で仕留めるなどという芸当は出来ない。多少の痛みを覚悟するなら、この武器は十分に無効化出来る。
 少年が駆けて来る。バットを右手に持ち、左手を対照的に振りかぶる事で遠心力を生み、破壊力を増そうとしているのか……だが甘い!鉄平の右拳が迎え撃つ!狙いは、少年のバット!
「しまった!」
 気付いても遅い。バットは少年の手を離れ、後方へと飛ばされてしまう。がら空きになった少年の身体目掛け、鉄平の右膝が渾身の一撃を放つ!崩れかかる少年の襟首を掴み、そのまま締め上げようとするが、少年は身体を屈伸させ、鉄平の顔面にドロップキックを見舞う。予想外の反撃に怯み、鉄平も手を離してしまった。両者の背中に泥がついた。
 鉄平は冷静なつもりだった。この少年が兄を殺したとは考えにくい。おそらく自分を始末する為に差し向けられた実行犯に過ぎず、真の敵は彼を操る黒幕に他ならない。少年には黒幕について話してもらう必要がある。殺してしまう訳には行かない。しかし、彼とて伊達に鉄平の始末を任されてはいないらしく、甘く見る事は出来ない。少年はバットを取り戻し、構える。疲れているのか、呼吸が荒い。雨が降り始めていた事に気付くものはなかった。
「小僧、誰の命令でこんな事しとんよ。お前は誰じゃ!」
「俺は……俺は!沙都子のにーにーだ!」
「……にーにー?」
 どこかで聞いた響きだ。しかし、思い出せない。それに、沙都子だと?
「お前も、あんのダラズん庇い立てしよっとんか!」
「黙れッ!てめえは沙都子にとって害虫だ!てめえがいる限り沙都子は笑わないんだよ!だから死ね!この夜に、今年の祟りで死んじまええええええっ!!!」
 理解出来ない。あんな奴に命を賭ける価値があるというのか?この少年だけじゃない。この六月に初めて見た時、沙都子は笑っていた。周りの人間も笑っていた。……何故だ?何故だ何故だ何故だ!
 少年はバットをかざした。こいつは沙都子の味方だと言っている。あいつの味方が、自分を殺しにやって来た。もう容赦はしない。鉄平は間合いを操作し、少年の空振りを誘う。扱いなれていない得物の空振りは、致命的な隙を生む。その隙を突き、鉄平が突き出した拳が少年を捉えようとした、まさにその瞬間───
───雨の向こうに写る少年の顔に、
───いつかの兄の顔が重なった。
「兄貴……?」
 兄の顔に見えた幻は、すぐに少年の顔に戻る。敵意を剥き出しにした顔。鉄平は正面からの体当たりを許し、またも大きく吹き飛ばされる。……今のは何だったんだ?あれは兄の顔だ。前にも似たような事があった。悟史を前にした時も、兄の面影が写ったのだった。
「このバットは悟史が、沙都子を守る為に叔母を殺したバットだ!俺と悟史、二人のにーにーが、沙都子を守るんだ!」
「……!」
 玉枝を殺したのは、悟史……?ならば、それぞれの事件の犯人は別々に存在しているのか……?いや、あんな奴の言葉など信じられるものか。鉄平は少年を睨みつける。自分を睨む少年の顔。そして……その横に、鉄平はまたも幻覚を見た。
 少年の隣に、悟史がいた。二人で、鉄平を睨んでいた。
 「にーにー」とは、沙都子を守る人間の事らしい。だから気付く。それは、沙都子の兄を意味するのだと。かつての沙都子の泣き声は、兄に縋る声だったのだ。今、沙都子はその言葉を口にしない。沙都子は、兄に縋るのを止めたのだ。……兄。
 鉄平にも頼れる兄がいた。「にーにー」だ。兄は何処へ行ったろう。……二人分の足音が近付く。バットが振り下ろされ、殴られる。痛い。
 分かっている。兄は鉄平を殴らない。だから、あれは兄じゃない。それなのに、どうしてそんな眼をする!兄のような眼を!兄は、家族を傷付けるものには容赦しなかった。この少年も、悟史も、同じだと言うのか。
「ひい……助けて……助けて、兄貴―っ!」
───鉄。
 ……え?
 最早痛みの感覚はない。朦朧とする意識の中で、鉄平は兄の声を聞いた気がした。いや、気のせいじゃない!今のは、間違いなく兄の声だ!
───鉄。ワシを突き落としたんはそいつじゃない。もう逃げろ。
「兄貴、すまん。ワシには兄貴の仇討ちは、無理やった……。」
───鉄。なんで、そんな事にこだわる?
「決まっとる!ワシは、兄貴を守りたかった!弟が兄を救いたいと思うんは、当然じゃ!」
───……。
 姿無き兄の声はしばらく途絶える。鉄平は、何か失言をしたろうかと不安になった。激しくなった雨に、兄の姿が映りこんだ。兄は、目の前にいたのだ。
「兄貴!」
───逃げろ鉄!ワシももう、家族を苦しめたないん。
「兄貴……!」
 必死で訴える兄を見て、鉄平は一年前のこの日、兄が遺した最後の言葉を理解した。兄は、誰も恨んではいなかった。ただ、自分が家族だと思っている人間の幸せを願っていたのだ……。自分は、兄の最期の願いさえ、無下にしてしまったというのか……?
 二人分の足音が近付く。
 鉄平を見つめる兄の向こうから、少年のバットが天を衝く様に伸びている。そして、勢い良く振り下ろされ……危ない!今度こそ、兄を守らなければ!鉄平は兄を庇うように、身を乗り出した。
「兄貴、危な──────」
─────────────ぐしゃっ。


「見失ったとはどういう事です!」
 凄まじい剣幕で言い放った次の瞬間には、詩音は青ざめていた。前原圭一の監視役との連絡が完全に途絶えてしまったのだ。詩音は考える。興奮状態の圭一が尾行に気付き、排除した……?いや、これはない。ならば、真の敵が我々の行動を先読みしたのか?しかし、北条家の偵察がやられるのならまだしも、これまでの祟りとは全く無関係な圭一につけた偵察がやられるというのは無理がある。
「とにかく、北条鉄平と前原圭一の発見を急いで下さい。沙都子の監視は続行。前原圭一の捜索に増やせる人員を教えて下さい。」
 詩音の善後策が圭一を、鉄平を、真相を追いかける。


「……入江。沙都子の叔父は、病気なのですか?」
「あっはははは。入院ではなく検査ですね。勿論悪いところが見つかれば、我々の診療所か、大きな病院にお願いしますけどね。」
 既に夜半を過ぎ、祭の後の会議が始まっている時間帯だ。本来ならば古手梨花もまた、この会議に参加しなくてはならないのだが、過労を理由に参加を見合わせる運びになった。祭の準備の劇務に加え、友人の北条沙都子への心配事が負担になっている事は、誰の目にも明らかだったからだ。時間に言及するなら、会議は長引く事も無さそうなので、彼女は仮設休憩所で入江医師と談笑している。毎年この夜に不穏な事件があるので、入江医師一人に古手梨花を送らせるのは危険と判断されたのだ。
「……沙都子を、あの叔父から引き離すための方策なのですか?」
「もしそうなら、確かに大きな声では言えませんね。でも違います。本当の理由は内緒ですけどね。」
「みぃ……僕は信用されていないのです。」
 入江は、拗ねる梨花を見て微笑んだ。……しかし、信用していても話せない事情なのだ。雛見沢にある危険な風土病は、末期症状を起こすと高確率で死亡する。それは発症者のみならず、他人をも巻き込む危険度の高い病。北条沙都子は末期症状を起こしながらも、日々の生活を問題なく過ごしている。これは友人である古手梨花の特殊性の影響が強いと考えられていたが、それだけでは全てを説明する事は出来なかった。
 入江は仮説を提唱した。北条沙都子の方に原因があるのではないか。彼女の兄・悟史もまた末期症状を引き起こしていたが、発症から長く存命しているという報告があり、また沙都子の母や義父に関しても、確認こそ取れてはいないが、これに近いケースに分類出来そうな報告がある。北条家を取り巻く環境の中に、ヒントがあると考えたのだ。よって、北条家の人間に研究の協力を要請したい。ひとまず、いくつかの検査を依頼しようというところまでいきついた。但し、これを入江の詭弁と見る研究員もあり、北条沙都子を鉄平から引き離す為、と言う梨花の指摘が本当に間違っているかどうかは分からない。祭が始まる辺りの時間帯に、スタッフが北条鉄平のもとを尋ねているはずだが、果たして交渉は上手くいっただろうか。
「……入江。誰か来ますです。」
「え?本当ですか?」
 入江は梨花を庇うように周囲を警戒する。近寄ってくる人影の正体は……大石刑事だった。入江は彼の来訪の意味を即座に理解する。……五年目、なのだから。入江は梨花を送るよう大石に手配させ、「祟り」の現場へと向かう。彼を待ち受けていたのは、首を自らの爪で掻き毟って絶命した……前原圭一の変わり果てた姿だった。

 翌朝までに、前原圭一の遺体と、北条鉄平の撲殺死体が発見される。また、診療所のスタッフである鷹野三四と、その恋人の富竹ジロウが行方不明となる。村人達はこれを「オヤシロさまの祟り」と呼び、畏れた。

 後日、市外で富竹ジロウの遺体が発見される。自らの爪で喉を掻き毟るという異常性は前原圭一の死因と重なり、警察はこれらを関連性のあるものとして調査を進める。また県外では鷹野三四の焼死体が発見される。


 後日、古手梨花の惨殺体が発見される。
 翌日、ガス中毒による大量の死体が回収される。
                                了
スポンサーサイト
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
TB*URL
<< 2017/10 >>
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -


余白 Copyright © 2005 どこへいくいく 一九の道. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。